「老舗なのに新しいチャレンジに成功している面白い和菓子屋さんがあるんですよ」
あんこネットワークの情報で、埼玉・東松山市までクルマを飛ばした。
あん入りみたらしやごまだれ、あんず大福、わらび饅頭などなど。ありそうでなかなかない名前がどんどん出てきた。
甘い好奇心がむくむく。
それが市の中心部、松葉町の「富久屋本店(ふくやほんてん)」だった。
引き戸の古い店構えだが、猛暑にもめげず「あんず大福」のノボリが青空に翻り、創作和菓子のメニューボードなどとともに町の和菓子屋さんのいい雰囲気をかもし出していた。かき氷の文字まで見える。
まずは珍しい「あんず大福」(税込み260円)を見ていただきたい。
小ぶりだが、包丁で切ると、中が2層になっていて、上が1個分のあんず、下が見るからにふくよかな粒あん。おもろ。
それが柔らかな餅で包まれている。
私にとって初めて見る、絵画のような光景。
あんずは干しあんずを戻したもの。粒あんは北海道の契約農家から仕入れた小豆(多分えりも小豆)を職人がじっくりと炊き、白ザラメで仕上げている。
ベースとなっているのは粒あんだが、片栗粉のかかった餅は柔らかく、口に入れると、甘さもほどよく、メリハリの利いた風味が口の中に広がる。
あんずは自己主張が強いが、その甘酸っぱい酸味が艶やかな粒あんとよく合う。粒あんをむしろ引き立ててくる。柔らかな餅も上質。下手をするとミスマッチにもなりかねないが、「ミスマッチどころか、これってイケる!」に変化してくる。
着眼点がクール、だと思う。
あん入りみたらしは「牡丹だんご」(一串 同182円)の名称で、この店の目玉でもある。
立派な青竹串に刺さった、平べったい、実に魅力的なみたらしが一串に二個。一個が大きくて、上新粉餅だが、羽二重のように柔らかい。この中にあんが・・・と考えただけで、よだれが出かかる(失礼)。
竹串を外してから包丁で切ると、餅の柔らかさが半端ではない。
中のあんこはこしあんだった。
甘いみたらしと油断するとだらりと垂れそうな餅、しっとりとした甘めのこしあん。
それが絶妙に口の中で融合する。
うめえ。言葉が自然にこぼれてくる。
ごまだれも中はこしあんで、ごまだれの風味との相性もいい。私はみたらしの方が気に入ったが、店のスタッフによると、「確かにみたらしの方がファンが多い」とか。
最後になったが、今回の4品の中で最も気に入ったのは、実は「わらび饅頭」(同 160円)である。大トリの一品。
国産きなこがたっぷりかかった半透明のわらび餅と中の藤紫色のこしあんがとにかく絶品だった。
京都の茶会に出してもおかしくないレベルだと思う。
特に中のあんこ。湧水を感じさせる、しっとりとしたみずみずしさ、小豆のきれいな風味、控えめな甘さ、そのボリューム感。すべてが上質で、あんこ作りの職人芸を感じる。
生きてるあんこ、と表現したくなる。
牡丹だんごと同じこしあんかどうか、気になって電話したら、「違う作り方をしてます」とのお返事。白ザラメの量を少なくしているようだ。
きな粉と膜のように薄いわらび餅、その中の上質なこしあん。
それらが絡み合って、舌の奥へと消えていく。いい踊りを見たような舞台の余韻がしばらく残る。そんな感じかな。
店の創業は明治45年(1912年)。現在3代目。初代のルーツは長州・萩で、明治維新後、文明開化の東京に出てきて鉄道の仕事に就き、そのご子息が和菓子好きで、老舗和菓子屋で修業し、東松山の地で「富久屋」の屋号を掲げた。
松山藩の城下町だった東松山。宿場町としても栄えた歴史がある。埼玉のローカル・東松山にいい和菓子屋があるのも偶然ではない。
人が少なくても、歴史のある町にはいい和菓子屋がある。
これは私的にはあんこの法則だと思う。