酒種で発酵させた酒饅頭(さかまんじゅう)の歴史は古い。
あまりに古い。
鎌倉時代、南宋に渡った聖一国師(円爾)が中国から伝えたとされる。
気が遠くなる話ではあるが、これが実に美味い。
古くて新しい。本物なら、まんじゅう界の頂点だと思う。
私は職人の手の匂いのする東京・荻窪の「高橋の酒まんじゅう」が大好きだが、ここの歴史は戦後で、そう古くはない。
日光「湯沢屋」は創業がなんと文化元年(1804年)。ちょうど砂糖が一般にも流通し始めた時代で、その意味でも湯沢屋の存在は光り輝く。
酒饅頭は当時の製法のまま、7代目の今も手間ひまを惜しまず作り続けている。
日光は羊羹があまりに有名だが、実は酒饅頭の元祖が今もあり続ける場所なのである。
一個140円(税込み)を一包み買い求めて、さらに店先で蒸かし立てを2個たべることにした。
日光でも多分一番古い老舗だが、嫌な顔をしない。さすが饅頭屋さん。
皮のもっちり感が只事ではない。手にくっつきそう。糀(こうじ)の甘い、いい匂いが鼻腔に侵入してくる。
高橋の酒まんじゅうとよく似た手の匂いのする素朴な洗練。
中はたっぷりのこしあんで、いい小豆の風味が立つ。
甘さが控えめで、きれいなあんこ。むろん自家製。
無添加なので、時間がたつとすぐに固くなってくる。ほのかな酸味も酒種が本物である証拠でもある。
このあたりも並の老舗ではない。
たまたま七代目がいた。穏やかなイケメンだった。
「糀づくりから入れると、出来上がるまで七日もかかるんですよ」
気さくに話してくれた。
皮の凝縮感とこしあんの絶妙な結婚。
驚いたことに創業当時から住みついている麹菌もこの酒饅頭作りに一役買っているそう。
214年前の味わいそのまま、ということになる。
鎌倉時代に聖一国師が伝えた酒饅頭は博多「承天寺」前にあった茶屋に引き継がれ、その時に聖一国師が書いたと伝えられる「饅頭所」の看板は、なぜか赤坂「虎屋」に残されている。
銀座木村屋のあんぱんも酒種で膨らませている。
酒饅頭がなかったら、木村屋のあんぱんも生まれていなかったことになる。
様々な思いを込めて、この湯沢屋の酒饅頭を賞味する。
絶妙な美味さの奥に日本独自のスイーツの歴史が隠し味になっている。
あんこ版、点と線の歴史。
これぞ無上の楽しみ、としか言いようがない。
所在地 栃木・日光市下鉢石町946