和菓子の王国・京都の中でも最上位に位置する店はそう多くはないと思う。
あんこヒエラルキーなるものがあるとして、その最上位に位置するのは、主に茶会などで使われる上生菓子屋ということになる。京都は昔から階級社会で、和菓子においてもその裏の法則は徹底している、と思う。イケずの世界。
庶民派のおまん屋はんや餅屋はんを愛する者としては、複雑な気分。
素材の選び方、和菓子職人の技、五感への刺激・・・上生菓子の洗練された世界はあまりに繊細過ぎて、できる限り近づきたくない。ある種想像を超える世界でもある。
と、前置きが長くなってしまったが、この上生菓子の最高峰と評価する専門家も多い、北区紫野の「京菓子司 嘯月(しょうげつ)」の二品を今回は取り上げたい。
百の言葉より、まずはそのはんなりとしたお姿を見てほしい。
たまたま東京のあん友と京都へ和菓子屋めぐりに出かけた際に、あらかじめ予約しておいてくれた季節の上生菓子である。
季節のきんとん「交錦(まぜにしき)」(税込み 一個460円)と薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)「織部(おりべ)」(同 460円)の二品。
安くはないが高いとも言えない。食べ終えるとそれがわかる。
完全予約制で、お客が来るその日に作る。「作り立てが一番美味い」というのがその理由。これは凄いことでもある。
私がこれまで食べた上生菓子で、最も感動したのは、松原通りの「松壽軒(しょうじゅけん)」だが、ひょっとして同じくらいのレベルかもしれない。
「交錦」は核の部分に秘密の小倉あんが潜んでいて、その周りを細かい目で裏ごししたピンク色の白あんがそぼろ状に繊細にまとっている。白と黄も混じっている。菊の花のイメージらしい。
白あんをここまで美的に着色していて、しかも味わいも感嘆のレベル。
きれいな白小豆の風味とほどよい甘さ。それが舌先で一瞬のうちに溶けていく。これまでにない感覚でため息とともに、参りました、とつぶやくしかない。
最後に現れた見事な光沢の小倉あんは私がこれまで食べた粒あんの中ではほぼ頂点の味わい。
なめらかさ、磨き抜かれたきれいな風味。皮まで艶のある柔らかさ。日本酒で言うと、特別な大吟醸酒のような味わい。ワインでいうと、DRCのピノノワールのよう(返ってわかりにくいかな?)
とにかく凄いのひと言、脳天がしびれる(オーバーではない)。
もう一品。「織部饅頭」は「松壽軒」ほどの感動はなかった。正直に言うと、私レベルの舌では測れない世界かもしれない。
こしあんが思ったよりも固めで、松壽軒のみずみずしいこしあんの方が私にはピッタリ来た。好みの問題かもしれないが。
「嘯月(しょうげつ)」は創業が大正5年(1916年)。現在は三代目。初代はあの「虎屋」で修業後に独立。暖簾を広げず、完全予約制でその日の分しか作らない、というスタイルを貫き通している。
誰もができることではない、と思う。
先日のこと。辛口でなる京都の老舗料理屋の女将さんが人気の和菓子屋を撫で切りにしてから不意に「嘯月はんですか? あそこは別格ですわ」とその時だけ悪口を止めたほど。
後日、素材が気になって、思い切って電話したら、たまたま三代目らしきお方がお出になって、「白小豆は備中です。小豆は丹波大納言。砂糖ですか? 上白と氷(氷砂糖)です」。驚くほど率直に教えてくれた。腕に自信がないとこうはいかない。
もはや脱帽するっきゃない。
京都はホント、奥が深すぎる。