ようやく酷暑から秋の気配へ。
和菓子の世界では「栗蒸しようかん」の季節到来、ということになる(一年中売ってる店もあるが)。
栗蒸し好きのおなかの虫が騒ぎ始める。
これまでも栗蒸しの名店をいくつか食べ歩きしているが、東京・富ヶ谷の「京菓子 岬屋(みさきや)」にはまだ行っていない。
私のあんこ友人などは「ダメでしょ、そこは外せないですよ」などと突いてくる(笑)。
なので、季節限定のスタート(先週末)に足を運んだ。
予約が必要な、こだわりの強い店なので、事前に電話しておいた。
「白小豆仕立て」も予約しようと思ったが、残念ながら「白小豆はもう少し後になります」とかわされてしまった(残念)。
とはいえ、本命は「竹栗蒸(たけくりむし)」。
代々木上原駅から住宅街の中にある店に着くまで、かなり難解な道順で、迷路の中をさまよっている気分に陥り、約20分以上かかってしまった(方向音痴気味なので)。
ビックリするほど渋い小さな店で、紺地の瓢箪(ひょうたん)の長暖簾がなければ、素通りしそうになった。
どこか京都の「川端道喜」を思わせるような、わびさびの世界?
★ゲットしたキラ星
竹栗蒸(一棹) 3240円
最中(5個入り) 750円
※すべて税込み価格です。
【センターは?】
竹皮のかぐや姫?「竹栗蒸」の満足度
これまで食べた栗蒸しようかんの中で最も驚かされたのが京都「亀末廣」だが、東京・小石川「一幸庵」も名古屋仕立てのスペシャルなものだった。
「岬屋」の竹栗蒸は京都「亀末廣」に近い印象。
竹皮に包まれた本体は蒸し羊羹の中に蜜煮した大栗がぼこぼこ、闇夜の満月状に浮かんでいて、竹皮の匂いと渋いビジュアルが「高価なだけあるなあ」と舌なめずりさせられる。
とはいえ、亀末廣ほどの剛毅な大胆さはない、と思う。まとまった小世界。
味わい:亀末廣もそうだが、蜜煮した大栗の存在感が際立っていて、蒸し羊羹部分は背後に、主役を引き立てる脇役に徹している。
栗の美味さを生かすための布陣、ということかな。
こしあんと小麦粉にわらび粉も加えているようで、それがムニュッとした食感と密度につながっていると思う。
甘さはかなり抑えてある。
こしあんが強めだと思う。
大栗は茨城産、時間をかけて蜜煮していることがわかる。
口に運んだ瞬間、旬の栗の風味がわっと広がる。
小豆は丹波大納言かと思ったら、「北海道産のフツーの小豆です」とか。
砂糖も「フツーの上白糖ですよ」と意外なお答え。
「昔からの作り方でやってるので」培われた技術の裏打ちを感じさせる。
特に気張ったところが見えず、自然体で粋を極めている印象。
今どきの東京の和菓子屋とは一線と画す、いぶし銀の栗蒸しと出会ったことに心までほっこりする。この店の奥の深さを見た思い。
●あんヒストリー
岬屋の創業は昭和9年(1934年)。現在3代目。驚いたことに初代が川端道喜の流れをくむ「ちまきや東洛堂」(東京・赤坂、すでに廃業)で修業、3代目女将さんによると、「直系ではないので暖簾分けではありません」とか。それでもどこか同じ匂いを感じたのはそれなりの理由があったということだと思う。看板に「京菓子」とか「上菓子」と付けているのもちゃんと理由がある。季節になると「水仙ちまき」や「羊羹ちまき」も作る。そのほか季節ごとに上生菓子類も。京都上菓子屋流の対面販売がとてもクール。京都⇒東京の遺伝子が生きている。
【サイドは?】
最中(もなか):ひょうたん形の小さな逸品
銀座「空也」の形にも似た、ひょうたん型の小ぶりな最中だが、皮種の香ばしさ、渋い色彩がいい雰囲気を放射している。抹茶もいいが、コーヒーと合うと思う。
最中にしては賞味期限が3~4日ほどと短い。皮種から無添加づくりで、中のつぶあんがたっぷり詰め込まれていて、あんこ力が際立っていると思う。
じっくりと煮詰めた、ねっとり感のある凝縮。控えめな甘さ。
口の中で広がる柔らかな爆発力。
地味だが、ザ・プロフェッショナル、と表現したくなる和菓子づくり。
5個入りで紙の小箱に入っていたが、下に経木が敷かれ、さり気ない気配りもうれしいね。
だが、暑さのせいか、皮種が隣りとくっ付いてしまっていたのがちょっと残念。
剝がすのに少々苦労した。
それでも私の好きな「銀座空也」や奈良「みむろ最中」など名店の最中に負けない美味さだと思う。
上生菓子は暑さもあり、今回はゲットしなかった。
次回以降の楽しみとしよう。
《小豆のつぶやき》
▼富ヶ谷という高級住宅街に小さく暖簾を下げている▼京都の流れをくむ和菓子屋さんというのが確かに実感できた▼岬屋という屋号は深い意味があるのかと思ったら「岬が好きだったので」とか▼暖簾を広げない、というのも独自のポリシーを感じる▼こういう店が表通りから離れた場所にひっそりと存在していることに東京の奥の深さを感じるなあ。
「京菓子 岬屋」
所在地 東京・渋谷区富ヶ谷2-17-7