新聞社にいたころ、日本橋周辺はずいぶん歩いたつもりだが、「御菓子司 ときわ木」には気づかなかった(何という失態)。
今思うと、和菓子文化が花開いた江戸時代、この一帯は和菓子屋の中心地で、鈴木越後や紅谷志津摩といった当時の名店が暖簾を下げていた極上のあんこエリアでもある。
京都と直接結びついた日本橋の百花繚乱ぶりは当時の錦絵にも鮮やかに描かれている。
で、本題。「ときわ木」のこと。
和菓子好きの間では知る人ぞ知る上生菓子屋さんで、うっかりすると、通り過ぎてしまう裏通りにひっそりと(?)暖簾を下げていた。
創業は明治43年(1910年)。三代目のご夫妻が江戸⇒明治の珠玉の遺伝子をしっかりと受け継いでいた。
AIの時代に、このような和菓子屋さんが存在していることにまず驚かされる。
AIが束になっても、この世界は作れない、と思う。
これまで知らなかったことを恥じたくなる。
●ゲットしたキラ星
桜餅 260円(税別)
うぐいす餅 320円(同)
ふくさ包み 330円(同)
黒まんじゅう300円(同)
最中 160円(同)
【今回のセンターは?】
四角包みの桜餅vs練り切りのびっくり小世界
余分なものがない、侘び寂びの、まるで隠者のような店構え。
個人的には京都の「川端道喜(かわばたどうき)」や「嘯月(しょうげつ)」、東京だと「青山紅谷」にも同じ匂いを感じる。
店を広げない、時代に妥協しない、筋金入りの対面販売。そのこだわり方。
紺地の暖簾をくぐると、フツーの和菓子屋さんのようなショーケースがない。
さらに驚かされるのは、店主(三代目主人)が三重の木箱(菓子箱)を仕切り暖簾の奥から持ってきて、私の目の前で一つ一つ広げたこと。まさかの世界。
今朝つくったばかりの季節の上生菓子が現れた。
注文はこれを見て、決める。
京都のはんなりか、東京の小粋か。
宝石のような生菓子が時空から抜け出てきたよう(ホントそんな感じです)。
選べない。
賞味期限は「本日中」が基本。
なので、個人的な好みと独創性で二つを選んだ。
桜餅:塩気が特徴で、風呂敷包みしたような四角い形が珍しい。
塩漬けした桜葉は2枚。うっすら桜色の皮はもっちりとした食感で、中のこしあんは見た目よりもボリュームがあり、舌触りがとてもなめらか。塩気がほんのり。
舌の上に残る余韻がきれいで長い。
三代目女将さんによると、小豆は北海道産えりも小豆を使用、砂糖は上白糖(コクを重視)。商品によってあんこのつくり方を変えているとか。
いい上生菓子屋さんに共通の基本が息づいている。
ふくさ包み:白あんに山芋などを加えて手練りした、いわゆる「練りきり」だが、ひと工夫してあり、見た目の鮮やかな美しさの中に、何かが点々と隠れている。
「刻んだ干し柿なんですよ」(三代目)
桃色の部分があでやか。
口どけがとにかく素晴らしい。
干し柿の風味が何とも言えない隠し味になっている。
こちらには塩気は感じない。
菓子職人としての三代目のプロフェッショナルぶり。
【サイドは?】
うぐいす餅:これも季節の上生菓子。青きな粉と柔らかな求肥餅のバランスがいい。
中はこしあんだが、色が濃い。塩気はあまり感じない。桜餅のこしあんとは明らかに違う。
商品によってあんこのつくり方を変えていることがわかる。
黒まんじゅう:黒糖(波照間産)を使ったこしあんがめちゃウマ。いわゆる薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)だが、湧き水のようなきれいな皮とのマリアージュが素晴らしい。
●あんポイント 薯蕷饅頭とは、皮生地に小麦粉ではなく、米粉を使っていて、山芋やヤマトイモなどを煉り込んで蒸し上げた上質の饅頭。茶席に使われることが多い。
この店の目玉の一つでもある。
「黒」の焼き印が粋でもある。
最中(もなか):注文してから暖簾の奥であんこを入れてくれる。
皮のさくさく感とあんこ(北海道産大納言あずき)の美味さがストレートに来る。
つややかな大納言あずきは形がしっかりあるのに、中までふっくらと柔らかい。
この一品、もなか宇宙の中でも光を放っていると思う。
三代目は体調の関係でしばらく店を休んでいたとか。
復活を素直に喜びたい(復活していなければ出会えなかった)。
この秋にはこの一帯が再開発の波に襲われる、という話も聞いた。
国宝級の和菓子屋の今後を見守りたい。
「御菓子司 ときわ木」
所在地 東京・日本橋1-15-4ときわ木ビル