水ようかんは夏に楽しむもの、とは限らない。
福井などでは、こたつに入って、冷たい水ようかんを楽しむ風習があるし、秩父にも明治・大正から「黒糖水ようかん」を細々と作り続けている店がある。
とはいえ、一般的には冬の水ようかんは極めて珍しい。
寒風のなか、8代将軍・徳川吉宗ゆかりの飛鳥山公園周辺をブラ歩き中に、古い甘味処で面白い水ようかんと出会った。たまたま見つけた不思議系の水ようかん。
それがこれ。
寒夜に小さなお月様がぼんやり浮かんでいるようだな、というのが第一印象だった。
王子稲荷神社から近い「石鍋商店(いしなべしょうてん)」の「音無しの雫(おとなしのしずく)」である。ネーミングがちょっと凝りすぎ(?)・・・だが、生菓子の伝統からは外れていない。
ここは久寿餅(くずもち)でも知られる老舗でもある。創業が明治20年(1888年)で、もともとは寒天なども売るこんにゃく屋さんだったらしい。
たまたまいらっしゃった4代目によると「東京で和菓子の新しい歴史を作りたかった」と、15年ほど前に考案したものという。
「寒中に食べる水ようかんが本当は美味いんですよ」
店内の甘味スペースで「あんみつ」(税込み610円)を味わってから、軽い気持ちで「音無しの雫」(1棹 900円)を買い求め、暖房の効いた自宅で賞味することにした。ぜいたくな時間。
包みを取ると、白い紙箱が現れ、そこに濃い藤色の水ようかんが横たわっていた。1棹の重さを量ると、約370グラム。長さは165×55ミリ。厚さは35ミリ。ボリュームも十分で、上質の予感。
裏ごしした栗あんが小さな満月に見えた。よく見ると、数個、闇夜に浮かんでいる。
ビジュアル的にもかなりの凝り方。
これが私にとっては想像以上の味わいだった。
甘みをかなり抑えたきれいなこしあんが、背景に沈む寒天と絶妙に溶け合っていて、ザラっとした舌触りがとてもいい。こしあんの微粒子が舌の先から喉の奥へとすーっと消えていく感覚。
余韻のよさ。塩気もほんのり。後朝の別れってこんな感じかな?(まさか、脱線しすぎだよ)。
4代目によると、使用している小豆は北海道産えりも小豆。寒天は信州茅野産白牡丹。砂糖は白ザラメ。塩も大島産深層水。素材へのこだわりも半端ではないようだ。
続いてもう一品、デパートの物産展で手に入れた福井「えがわ」の水ようかん(中 税込み451円)と食べ比べすることにした。
こちらは有名な冬の水ようかん。
口に入れた瞬間、黒糖の風味が広がり、かなり甘い。
寒天が強めで、つるりとした食感。
「音無しの雫」が粋なら、こちらは野暮ったい、シンプルな味わいだと思う。
水ようかんの歴史は古く、一節では、その昔、京都などで奉公中の丁稚(でっち=今では死語かもしれない)が正月、田舎に帰るときに主人から持たされたといわれる「丁稚ようかん」が始まりとも言われる。
福井の水ようかんは、その流れを汲んだものとも言われる。
対極に位置する二つの冬の水ようかんだが、正直に言うと、「驚き」という意味で、私の好みは質を追い求めた、ある種、野心作の方(基本的には両方好きだが)。
この小さな試みは新しい可能性さえ感じさせる。
で、意外な落ち。4代目によると、月に見えたものは「月ではなく狐火なんですよ。それが7個あります。夏は蛍と考えてもらってもいいんです」とか。王子稲荷神社の狐火かも。電話の向こうで、4代目が明るく笑っていた。
所在地 東京・北区岸町1-5-10