炎天下、東京都立美術館で「マティス展」を堪能した後、いい余韻のまま「御菓子司 一炉庵」(いちろあん)まで足を延ばした。背中が妙にこそばゆい。
約4年半ぶりの訪問。小さな店構え。
日本の和菓子界の中でも有数のプロフェッショナルな老舗で、四季折々(二十四節気)のクールな上生菓子は節気ごとに十数種ずつつくっていて、今もなお対面販売にこだわるなど、ディープなファンも多い。
和菓子界のマティスかも?
だが、上生菓子は日持ちがしない。目の散歩だけを楽しみながら、ふと見ると、アートな包みの羊羹類(小サイズ8種類ほど)が目に入った。
背筋のピンとした女性スタッフ(4代目女将さん?)に尋ねると「こちらは賞味期限は一か月ほど」とか。応対がとてもいい。
全部食べたいところだが、悲しいかなそうもいかない。
で、一炉庵オリジナルの珍しい羊羹「汐羊羹(しおようかん)」と「和胡桃羊羹(わくるみようかん)」を一棹ずつ買うことにした。
この店では主役級ではないが、脇役(いぶし銀の小世界)を堪能するのも悪くはないかな。
★今回ゲットしたキラ星
汐羊羹(小サイズ) 1100円
和胡桃羊羹(小サイズ)1100円
甘納豆(丹波大納言) 330円
甘納豆(丹波白小豆) 330円
※いずれも消費税込み
【センターは?】
汐(しお)と和胡桃(わくるみ)の絶妙度
■汐羊羹
冷蔵庫で1時間ほど冷やしてから取り出す。
水色の粋なパッケージ(凝った二重包み)を取ると、銀紙で包まれた本体が現れる。
包丁で切ると、光の粒子を閉じ込めたような、淡い藤紫色の煉り羊羹の断面が・・・。
「まずはお好きな大きさにカットしてお召し上がりください。また冷していただくと格別です。最後に和三盆をふりかけて・・・」の説明書き通りに食べる。
サイズ:約140ミリ×40ミリ×30ミリ。重さは200グラム。
味わい:むしろすっきりとした練り羊羹で、絶妙と表現するしかない塩加減(天然沖縄海水塩使用)とコクが私のツボにさざ波となって迫って来るような感覚。
断面の美しさに好奇心がむくむく。
光にかざすと、ごらんの通り、練りの部分がグラデーションのよう。
素材を観たら、3種類の小豆を使っている。その凝り方に舌を巻く。
北海道産小豆をメーンに手亡豆、大福豆をブレンド、岐阜産の糸寒天とのマリアージュが素晴らしい。
長い余韻も含めて、「これはうめえー」と感嘆したくなった。
コクと切れ。塩の魔法。
次に、和三盆をふりかけてみる。
この和三盆が脳みそを撫でていくような、気品のある独特の甘さで、汐羊羹との相性が別次元へと舌を引き連れていくような感覚。
これまで味わったことのない小さな感動を覚える。
■和胡桃羊羹
黒ベースのパッケージ(こちらも二重包み)で、包丁で切った断面は汐羊羹よりも小豆の色が濃い(下2枚目の写真、右が汐羊羹、左が和胡桃羊羹です)。
吸い込まれそうな赤紫色。
よく見ると、和胡桃(長野産鬼クルミ)が星のように点々と夜空に浮かんでいる。
良質な北海道産小豆の存在をより感じる、ふくよかな練り羊羹。
鬼クルミの食感と香ばしさがプラスアルファされていて、これも絶妙なマリアージュを生んでいる。
別包みのきな粉をふりかけると、これがミスマッチではなく、1∔1=3の絶妙を生んでいる。
ありそうでない、創作的な組み合わせだと思う。
練り羊羹をこういう食べ方で味わうのは初めて。
個人的な好みで言えば、やや汐羊羹に傾くが、この創作的な羊羹もアイデアと技術に脱帽したくなった。脇役もちゃんと光っている。
●あんストーリー
創業は明治36年(1903年)。現在4代目。夏目漱石が愛した和菓子屋さんとしても知られる。夏目漱石は大の和菓子好きだったようで、「羽二重団子」やすでに廃業した練り羊羹の名店「藤むら」などもこのエリアにある(あった)。
【サイドは?】
甘納豆(丹波大納言):大粒の丹波大納言を惜しげもなく煮詰め、甘納豆に仕上げている。砂糖は白ザラメか純度の高い砂糖を使用しているようだ。
皮はしっかり存在しているのにふっくらと柔らかい。
丹波大納言小豆のたおやかな風味がひと噛みごとににふわりと広がる。
甘すぎないので、すぐに一袋が消えてしまう。
甘納豆(丹波白小豆):こちらは少しねっとりしている。
こちらもふっくらと煮詰められていて、やや甘めだが、雑味のないピュアな白小豆のきれいな風味が来る。
冷蔵庫で冷やしてから食べると、ねっとり感が少し消え、ふくよかな凝縮感が強くなる気がする。風味の広がり方。
丹波白小豆の甘納豆って、かなりレアだと思う。
《小豆のつぶやき》
▼4年半前の冬にどら焼きと白いどら焼きのような「雪丸」を買って食べた▼この雪丸は北海道産青えんどう豆の餡で、ふっくらもっちりした皮との相性がとてもよかった▼大福豆も効果的にブレンドされていたと思う▼残念ながら撮影した写真データがPCのトラブルで消えてしまった▼なので、今回ようやく一炉庵の小宇宙のほんの一端を書くことができた。
「御菓子司 一炉庵」
所在地 東京・文京区向丘2-14-9