東京・北千住は下町の飲み屋街としても知られるが、実は隠れたいい和菓子屋が多い。
槍かけだんごの「かどや」、「ひので家」「たから家」などなど。
私が昔大好きだった最中の「なか井」は16年ほど前に後継者がいないという理由で廃業してしまった。いまだに惜しまれる。
今回ご紹介するのは、隠れた名店の中でも飛び切りの和菓子屋「和歌藤(わかふじ)」です。
うかつなことに、6年ほど前にふらりと入ったら、豆大福は売り切れていて、どら焼きが数点残っているだけだった。
まずまずの美味さだったが、その時はなぜか特出するものを感じなかった。
あまりにシンプルな店構え。のぼりが一本だけ。
どこか隠者のような、踏み込むことを拒否するような気配さえ感じる。
今回は時間が早かったせいもあり、見事な豆大福がオーラに包まれるように、いい具合に並べられていた。
種類も品数もそう多くはないが、そのほかの朝ナマ和菓子もいい景色で、その安さにも驚きつつ、二度三度と目をこすりながら、いくつか選んだ。
店主は寡黙でいろいろ聞いてもなかなか答えてくれない。冷たい汗が数滴。
★ゲットしたキラ星
豆大福 110円
水ようかん 130円
かのこ 110円
どら焼き(こしあん) 150円
梅の実 150円
※すべて税込み価格です。
【センターは?】
驚きのコスパ、名店を超える?豆大福
見た目:餅粉と赤えんどう豆の渋いオーラ。
賞味期限が「本日中」なので、他の用事を早めに済ませ、いそいそと自宅に戻った。
朝ナマの豆大福、かのこ、水ようかん(写真右から)を並べる。
取材記者の目であら探しを試みたが、スキがない。
唯一、水ようかんの底敷き桜葉がビニール製だったことくらい(それも時季と価格を考えると納得の範囲だと思う)。
この価格でこの存在感はあり得ない。
豆大福のサイズは約55ミリ×55ミリ。重さは92グラムほど。やや大きめ。
味わい:赤えんどう豆はやや固めで、塩気がほどよい。
5時間ほど経っていたので、柔らかな餅が少し固くなり始めていた。
本物の搗(つ)きたて餅。
伸びやかで、もち米のいい風味がふわりと来た。
何よりも驚かされたのはぎっしり詰まった自家製つぶあん。その柔らかな質。
見事な藤紫色で、ほおばった瞬間、小豆(北海道産)のきれいな風味がそよ風となって、口の中で小さく渦を巻くような。
素晴らしきあんこと唸りたくなる。
この美しい色のあんこを炊くには、渋切りを含めて、かなりの技術が必要と思う。
控えめな甘さと、ふっくらと炊かれた小豆の皮が歯にかすかに引っかかる感触が、寡黙な店主の腕を裏付けている。
餅×赤えんどう豆×あんこ=∞。
個人的な評価ではすべてが「松」クラス。
寡黙な口からようやく引き出したのが「砂糖はグラニュー糖」という短い言葉だった。
天国の門は実に狭い?
●あんヒストリー
話を聞くのに苦労したが、店の創業は「30年くらい前」とか。先代から居抜きで店を引き継いで、店名の「和歌藤」もそのままだとか。よほど見込まれたに違いない。製菓学校を出てから大阪の老舗で修業したことも何とか教えてくれた。「聞かれるのは苦手で」とも。言外に「作ったものがすべてですよ」と言われた気がした。その通りなので、悪い感触ではない。沈黙はいぶし銀なり。
【セカンドは?】
水ようかん:水ようかんも藤紫色で、店名の「和歌藤」は藤色から来ているかもしれない。
こしあん(自家製)と寒天の配合がとてもいい。なめらかに舌の上で溶けていく感触とかすかな塩気が絶妙と言いたくなる。
かのこ:外側の大納言(多分北海道産)と寒天の膜、それに中のこしあんが素晴らしい。
小豆のふくよかな風味が立ってくる。こしあんは粒子を感じるしっとり感で、店主の繊細な手まで感じる。
きれいな余韻がしばらく続く。
絶妙なかのこ、とため息が出る。
北千住の片隅に凄腕の和菓子職人が確かに生息している。
《小豆のつぶやき》
▼こうした出会いは格別なものがある▼京都を頂点とした和菓子の世界がいかに広くて深いか▼表面的なところからは見えない裏通りにも、未知の和菓子職人が潜んでいること、改めて思い知らされる▼それゆえに探す楽しみもある▼調べることが私の仕事の一部でもあるが、聞きながら心苦しさもある▼以前、浦和の老舗和菓子屋さんでご高齢の女将さんに「そんなことよりも早く食べてみて」と一喝(?)されたこともある▼おめーん一本、「和」の意味を考える▼あんこの超能力が欲しい(笑)。
「和歌藤」
所在地 東京・足立区千住旭町22-12
最寄り駅 北千住駅東口から歩約5~6分