東京・日本橋周辺にはいい和菓子屋が多い。
江戸時代から東海道や中山道の起点なので、それも至極当たり前のことかもしれない。
長門、ときわ木、榮太樓、日本橋うさぎや・・・私の好きなあんこエリア。
地層の奥深くに江戸のパワーストーンが眠っている・・・気さえする。
その日本橋から京橋に向かって歩くと、江戸歌舞伎発祥の地の碑があり、この日本橋・京橋エリアが東京の原点ではないかと思い知らされる。
明治2年(1869年)創業「京福 桃六」はその一角にある、私にとっては隠れた名店であることもその後に思い知らされる。
外壁を工事中だったが、店は営業していた。
そこからワンダーな世界が広がることになる。
桃太郎だんごの陰で、一見地味などら焼きが、「ちょいとそこの旦那、お待ちなせえ」と「見得(みえ)」を切っていた・・・(どら焼きが見得を切るはずはないが)。
森光子が愛したというどら焼き「一と声」の文字が見え、「へえ~」と近づいてよく見たら、歌舞伎の荒事のような、濃い焼き色とボリューム感のどら焼きが3~4種類ほど一緒盛りされていた。好奇心がむくむく。
隠れていた花形役者が4人ほど勢ぞろいしたみたい。
気がついたら、買い求めていた。
※ちなみに「一と声(ひとこえ)」とは歌舞伎の世界で声がとても大事という意味があり、それを菓銘にしたようだ。その歴史がいいね。
●ゲットした「一と声どら焼き」4種類
つぶあん 210円(税別)
桜あん(白あん)250円(同)
※季節限定
一粒梅入り 220円(同)
栗一粒入り 240円(同)
【センターは?】
定番vs季節限定、つぶあんと桜あん
まずは定番のつぶあんをいただく。
左右83ミリ×75ミリほど。厚みが30ミリもある。かなり分厚い。
外見は日本橋うさぎやなどの明るいきつね色とは違う、濃い焼き色。
手で持つと、しっとりとした、職人の手を感じる重量感に圧倒される。
驚くべきはどら皮に挟まれたつぶあんの量と厚み。優に1・5センチはあるのではないか。
あんこへのこだわりが半端ではないことがすぐにわかる。
調べてみたら、大納言あずきを代々続く製法(つぶあんとこしあんを独自のやり方で合わせているようだ)で炊き上げた無添加の小倉あん、ということもわかった。
現在5代目。
「小倉の親分!」
心の中で一と声かけてから、ガブリと行く。
どら皮のふわっとした密度が最初に来て、すぐ後から柔らかな大納言あずき衆がドドと押し寄せてきた。
ほどよい甘さ。その粒々感がピタッと舌にフィットする。噛んだ歯の間から、いい小豆の風味がふくよかに広がってくる。
つい目を閉じたくなる(笑)。
これはすごいね。
個人的な感想では、焼き色といい見事な味わいといい、私の好きな人形町「清寿軒」の素朴な洗練によく似ていると思う。
ユニークなのはどら皮の隠し味にブランデーをほんの少し加えていること(気がつかないほど)。
東京どら焼き御三家(詠み人知らず)にぜんぜん負けていない、これは傑作どら焼きだと思うが、いかがだろう?
続いて、季節限定の桜あん。
うっすらと桜の香りのするはんなりした白あんで、北海道産白いんげん豆を使用しているようだ。あるいはブレンド。
どら皮から桜あんがどっかとはみ出ている姿に胸がときめく。
なぜか花魁(おいらん)を連想してしまった(勝手な妄想です)。
重さは一番重い124グラムもある。
桜あんのねっとり感とふくよかな風味が口内で一瞬そよ風に変換する、そんな感覚に襲われる。
甘すぎない甘さが心地よい。
【サイドは?】
一粒梅入り:蜜漬けした梅が一個たっぷりのつぶあんの中に隠れていて、その甘酸っぱさがつぶあんと愛し合い、おもしろいアクセントになっている。
この梅入りのどら焼きは珍しいと思う。
ブランデーの香りがやや強め。いわば大人の味わい。
重さは110グラムほど。
栗一粒入り:蜜煮した栗が一個、つぶあんと紳士協定を結んでいる感じ。
つぶあんがあまりに素朴で美味しいので、どら皮と栗の恋愛を邪魔しない。
重さは97グラムほどで比較的軽いが、それでもつぶあんの量はかなりある。
どら皮の柔らかな蜜が全体を包み込んでいる。
〈編集長あとがき〉▼それにしても「桃六」のどら焼き衆、ワンテンポ遅れで拍手したい。これまで知らなかったことが悔やまれる。▼場所がらか歌舞伎役者や芸能人も贔屓(ひいき)にしている、ということを後で知った。▼その割には外に向かって特に派手な宣伝はしていない。野暮と粋の遺伝子かな。▼日本橋周辺の老舗の目に見えない矜持に触れた思い。奥が深いなあ。
「京福 桃六」
所在地 東京・中央区京橋2-9-1