猛暑の東京五輪とコロナ感染者急拡大で、冷静でいることが難しい。
こういうときは、水ようかん! と声を小さくして言いたくなる。
画家・竹久夢二と縁の深い、群馬・伊香保温泉で素晴らしい水ようかんに出会った。
竹久夢二は大のお汁粉好きだったようで、京都・二年坂の「かさぎ屋」の店主がたまたま訪れた私に祖父から聞いた話として、「隅っこの方でよく愛人の彦乃さんとお汁粉を食べていたようです」と恵まれない時代の隠れたエピソードを話してくれたことがある。
伊香保にある白亜の竹久夢二記念館(上の写真)がとても印象に残ったので、つい脱線してしまった(失礼)。
話を水ようかんに戻したい。
石段の最上階からほど近い、ロープウェイ不如帰駅(ほととぎすえき)そばにいい雰囲気の「寿屋(ことぶきや)」がある。
ここの「黒蜜水ようかん」に恋してしまった。
ごらんの通りの黒々とつややかにテカる逸品。
カップもあるが、ここは「流し込み」(一箱 税込み1300円)をおすすめしたい。
素材は北海道産小豆、黒蜜、黒砂糖、寒天のみ。
「添加物は使ってないので、冷蔵庫に入れて、今日中に食べてくださいね」
いい雰囲気で作業するご高齢の女将さんが、そう念押しした。ほのぼの。
創業は昭和38年(1953年)、現在二代目。
その二代目がもう一つの名物「湯の花饅頭」を仕込みながら、許可を取って写真を撮る私に向かって「つぶあんはもちろん、こしあんも自家製なんですよ。こしあんも自家製は実は少なくなってきてるんです」と、いい和菓子職人のお顔で声をかけてくれた。
自宅に戻ってすぐにクーラーボックスから取り出し、賞味することにした。
コーヒーもいいが、あまりに暑いので、氷にミネラルウオーターをそそぐ。
「流し込み」の大きさは20センチ×12センチ。厚みは3センチほど。重さは635グラム。
何という黒さ。こりゃ宇宙の漆黒だよ、と表現したくなる。
黒蜜がしたたるように端からにじみ出ている。よく見ると、ほんの少し気泡が見え、手作りの、昭和の香りがするよう。
宇宙は怖いが、こちらの宇宙は蜜の味(笑)。
黒糖の香りが鼻腔に来る。
包丁をすっと入れて、白の磁器皿にのせ、口に運ぶ。
形がしっかりしているのに、寒天の配合が絶妙で、噛んだ瞬間、口の中で驚くほどきれいに溶けるのがわかる。
形があるのに形がない。
いろんなことを忘れる、数秒間の冷たい美味。
コロナのことも、あいつのことも、うまくいかなかったことも、すべての腹立たしいことも(数秒だけだが)。
表現がヘンだが、黒い羽衣のような余韻がしばらくの間、舌に残る。
黒糖というより黒蜜感が強めで、かなり甘めだと思う。
秩父「松林堂」の黒糖水羊羹を思い出した。
伊香保と秩父が線でつながる。地図にはないあんこライン(笑)。
もう一品、この店のオリジナル「寿々虎(すずとら」(1個 同110円)もご紹介したい。
珍しい虎豆を使ったあんこをカステラ生地で包んだもの。
形が鈴の形で、柔らかく炊いた虎豆が独特の風味を生んでいる。インゲン豆よりもえぐみがある。
甘さを抑えていて、カステラ生地との相性は悪くない。
人形焼きの虎豆版のような感じかな。
伊香保には元祖温泉饅頭「勝月堂」や老舗「清芳亭」があるが、ここにもいい和菓子職人がいることを実感した。
伊香保の隠れた名店、だと思う。
と、ここまで書いて、タネ明かしをしちゃうと、当初、この店を訪問する予定はなかった。
たまたま水沢うどんの老舗の店主(なんと17代目)から「伊香保で泊まるなら、いい和菓子屋があるよ。石段からちょっと離れたところにある『寿屋』。いい店だよ。あんこ好きならぜひ行ってみて」とサジェストされたのがきっかけ。
ネットもいいが、最終的には生の現地情報が一番、と改めて思うのだった。