寒風と春の予感のなか、東京スカイツリーを仰ぎ見ながら、向島の甘味処を目指す。
口開け(午前11時)と同時に、あんこ好きの間で、製法のこだわりも含めて「最高級のあんみつ」の一つとも称される「深緑堂」(しんりょくどう)が今回「日曜増刊号」のターゲット。
創業が2014年(平成26年)、上野「みはし」や浅草「梅園」、「赤坂とらや茶寮」といった大看板ではなく、ご夫婦二人で小さく暖簾を下げる、私好みの甘味処。
「早めに行かないと、売り切れちゃうよ」との辛口あん友の助言もある。
ちょうど店を開けたところに到着。
平日の早い時間だったせいか、込み具合はさほどではなく、渋めの店主が準備をしている最中だった。
餡ラッキーな出会い。
品書きはごらんの通り多くはない。いい感じ。
その中から二品を選んだ。いわばあんこの二刀流。ワクワクしながら打席(カウンター席)に立つ。
★ゲットしたキラ星
おしるこ(仕立てつぶあん)850円
あんみつ 850円
※すべて税込みです。
おしるこ:究極のつぶあんか?
漆塗りのお椀(大き目)の蓋を取る。この瞬間がたまらない。
ひと目で見事なつぶあんだとわかった。
ふっくらと炊かれていて、しかも腹割れしていない。
一見すると、何気ないようだが、最初のアタックで素材選びから作り方まで、熟練の技が裏側にうかがえる。
湯気と北海道産小豆のやさしい風味が同時に立ち上がって来る。
うーん、これはすごいね。
この店主、ただ者ではない。と合点した。
いい焼き色の餅が2枚。
箸休めは塩昆布。余分なものがない。
●味わい 甘さが抑えられていて、何よりも小豆の柔らかな粒々感と深い色(赤みが強い)、そして皮があるのかすらわからないほど、歯がすっと入る。
煮崩れがまったくない、ふっくらとあまりに柔らかい小豆に驚かされる。
味わいながら、あんこ炊きのこだわりに少しだけ踏み込みたくなった。
店主によると、砂糖は白ザラメときび糖を使っているそう。
渋抜きは風味を損なわないよう細心の注意を払いながら数回行うそうで、その加減がとても難しい。プロフェッショナルのお仕事だと思う。
塩もほんの少し。
おしるこはこれまで結構食べているが、このおしるこは私の中では5本の指に入る味わいだと思う。
「仕立てつぶあん」と表記していることも、ワンランク上のあんこを目指しているのがわかる。
餅の焼き方といい、箸休めの塩昆布といい、侘び寂びの世界に通じる、シンプルだが、それ故にぜいたくな逸品と感じ入った。
あんみつ:粒子を感じるこしあん
おしるこに続いて、この店の主役「あんみつ」をいただく。
中央にこしあんが太陽のごとく輝き、その周りを白玉2個、抹茶白玉、あんず、それに赤えんどう豆が惑星状に配置され、その下には賽の目切りの寒天が控えている。
店主の自家製で、そのこだわり方。手抜きが一ミリも見えない。
黒蜜(沖縄産黒糖使用)が横に置かれている。
●味わい 白玉のもっちり感と赤えんどう豆のほのかな塩気、それに大きめの砂糖漬けあんずが手造りのいい掛け算となって、口の中でゆっくりと広がっていく。
何よりも驚きは中心部のこしあん。
きれいな赤紫色で、口に入れた瞬間、あんこの粒子がそよ風となって巻き上がってくるよう(表現が追いつかない)。そんな感覚に陥ってしまった。
そのみずみずしさ。雑味のなさ。甘すぎない、絶妙度。
なぜかクルミがちょこんと乗っていて、これがいいアクセントになっている。
面白いアイデア。
寒天のキリリとした歯触りといい天草の香り。
黒蜜をかけると、味わいが一瞬変化し、これはこれで楽しみが広がる。
こしあんがあまりに美味いので、思い切って店主に聞いてみた。
「竹ざると馬毛で漉しているんですよ。昔ながらの製法ですが、今も続けている店は少ないと思います」
こしあん造りは手間暇がかかる。なので製餡所に任せるか、器械で漉すかというのが一般的だが、ここはそうせずに、「竹ざると馬毛で」というのはとても珍しい。
他のお客が一組二組と入って来たので、残念、見ることはかなわなかったが、秘伝の作り方は秘伝のままがいい。そう思い直す(当たり前だよ)。
二つの究極をすっかり平らげると、このところ迷路にハマっていたわがままな心が、おだやかになっていくのがわかった。
スペシャルなあんこの効力に改めてかしわ手。
「あんみつの深緑堂」