旧日光街道・杉戸宿で出会った、宝石のような和菓子屋さんを取り上げたい。
たまたま権現堂の道の駅で「創作シベリア」が置いてあり、そのときはほとんど素通りしかかったが、その後、春日部方面にしばらくクルマを走らせたら、白をベースにしたモダンで瀟洒な店が見えた。
あんこセンサーがピコピコ。クルマを止める。
「御菓子司 いのうえ」の明るい看板。
店内に入ると、あでやかな上生菓子やだんご類がいい雰囲気で並び、そこに「創作シベリア」が3種類ほど「私を見て」とささやいた(気がした)。
これはあんこの神様の引き合わせかな?
宿場町だった街道には往時のにぎわいはほとんどない。
そこに宝石のような、オーラを発している和菓子屋さんがあるとは。
しかも店内の左側は洋菓子コーナーで、こだわりの強さも感じる。
全体の雰囲気からここの店主が並の腕ではないことが見て取れた
★ゲットしたキラ星
創作シベリア(小倉) 1本600円
同 (栗) 1本600円
栗蒸し羊羹(季節限定)1個230円
※すべて税込み価格です。
【センターは?】
分厚いあんこをサンドした創作シベリア
小倉(あずき):「昭和浪漫 シべリア」と表記されたパッケージが今一つ(個人的な印象です、お許しを)なので、さほど期待せずにゲットした。
だが、その約5時間後、予想は裏切られることになる(いい意味で)。
〈お姿〉カステラ生地は黒糖を使用していて、しかも上層と下層が濃度を変えている。
よく見ないとわからない、細部にまで店主のこだわり方。
何よりも真ん中の自家製つぶあんの厚みがすごい。柔らかく炊かれたあんこ。
全体のサイズは175ミリ×40ミリ×厚みは約38ミリ。重さは約180グラムほどだが、あんこの厚みが15~16ミリはある。
しかもしっかりと、ふくよかに炊かれているのがわかる。蜜の気配。
〈試食タイム〉コーヒーを淹れてから、まずは一口。
かすかに洋酒の香りのする、柔らかなカステラ生地が口の中に入る。唾液が出かかる。
次の瞬間、上質のつぶあんの波が押し寄せてきた。すご。
北海道産小豆×上白糖。濃厚だが、濃すぎない。
しっとりとみずみずしいあんこ。
「上白糖の方がコクが出ると思います」
どこか松本零士に似た風貌の店主の言葉を思い返す。
先月、現存する最古のシベリア(横浜「コティベーカリー」)を食べて、そのノスタルジックな風味(水ようかんをサンドしていた)に感動したが、今回は令和の創作シベリアで、水ようかんでもなく練り羊羹でもない。
「オリジナルにこだわって、試行錯誤の末、あんこをサンドすることにしたんですよ」
店主と娘さん(パティシエでもある)の合作とも言えるが、その経緯がおもしろい。
「たまたま宮崎駿監督『風立ちぬ』を見たお客さんから問い合わせがあり、うちでも作ってみよう、となったのが発端です。小倉の他に栗、抹茶もあります」
大正時代の原初シベリアと令和の不思議なシベリア。点と線がつながる。
新しいシベリアが旧日光街道・杉戸宿で誕生していることを素直に喜びたい。
●あんヒストリー
「御菓子司 いのうえ」の創業は昭和7年(1932年)。現在3代目。和菓子と洋菓子をそれぞれ極め、娘さん(4代目修業中)とともに、創作和洋菓子に挑み続けている。あんだんごやみたらしなど、下町の伝統的な生菓子類も朝早くから作り続けている。あんこルネサンスの新しい可能性も感じる。
【セカンドは?】
創作シベリア(栗):中のあんこは刻み栗を練り込んだ栗あん。カステラ生地にも栗の風味を取り入れていて、こちらも創作シベリアの傑作だと思う。
分厚い栗あんが秀逸で、なめらかなしっとり感が舌にフィットする。別の日に抹茶あんも試してみたが、それも秀逸な味わいだった。
甘さが自然なので、食べ過ぎない限り胃もたれしない。
栗蒸し羊羹:半切りの蜜栗が満月のように小倉色の蒸し羊羹生地に浮かんでいる。
表面を薄い寒天の膜が覆い、小麦粉以上にこしあんの存在感が強め。
口どけのよさと控えめな甘さが混然一体となって、口の中に広がる。余韻もいい。素晴らしい栗蒸しだと思う。
《小豆のつぶやき》
▼改めてローカルの凄みを感じる▼3代目と4代目、親子で伝統を守りながら創作菓子に取り組む姿勢には頭が下がる▼シベリアの他にあんこロールもある。和洋の合体。その可能性▼素晴らしきローカルの原石たちにこれからも注目していきたい。
「御菓子司 いのうえ」
最寄り駅 東武動物公園駅から歩約5~6分