おしることぜんざい。
関東と関西では言い方が違うが、中山道あんこ旅の途中で草鞋を脱いだ信州・松本でワンダーなおしるこに遭遇した。
昼めし抜きで足が棒になるほど歩き回って、国宝・松本城にも登り、天守閣から松本城下を眺め、戦国⇒江戸⇒明治⇒大正⇒昭和⇒平成⇒令和を想いながら、あんこについて考える。
あんこには平和がよく似合う、と思う。
気持ちを穏やかにし、ささくれだった心にも温かい何かが刺さる(刺さらないことももちろんある)。
あんこの平穏力。
茶道とともに和菓子が発達したのも偶然ではない、と思う。
さて、そのワンダーなおしるこ。
城下町歩きは私の趣味だが、偶然、蔵造りのレトロな甘味処を見つけた。
「甘味 塩川喫茶部(しおかわきっさぶ)」。
不思議な店名に好奇心がむくむく。
お客の気配がない。ひょっとして休業か、恐るおそる引き戸を開けると、暗めの室内にご高齢の女将さんが一人、「4時でおしまいですけど」。
懐かしいタイル張りのカウンターといい、磨き抜かれた木のテーブルといい、昭和の古い造りだが、隅々まで清潔感が見て取れた。
時計を見ると、午後3時45分。15分あれば、あんみつくらい食べれる。
ややオーバーに言うと、これが個人的にはある種の運命の出会い、となった。いや、正しくはあんこの神様の引き合わせ、が近いかな。
メニューはごらんのとおり、この時期(3月いっぱいまで)は3種類しかないようだ。自家製アイスクリームもあるが、肌寒かったので、「田舎志る古」(税込み500円)を選んだ。
「志る古」(しるこ)と江戸からの表記を今も続けているのが、志しを感じる。
熱いお茶が出され、7~8分ほどの待ち時間で目の前に置かれた「田舎志る古」は東京のおしるこで、つぶ餡の温かい海に焼き餅が2個浮かんでいた。関西ならぜんざいと表記されるもの。
松本は関東文化圏ということになる。
これが予想を超える逸品だった。
つぶ餡の吹き上がるような風味が、私の中ではこれまで食べたおしるこの中でも頂上クラス。
抑え気味の甘さ。くどさがない。それでいて、小豆の本来の旨味を最大限に引き出すことに成功した熟練の味わい。そのボリューム。
餅のしっかりとした歯ごたえ。焦げ目の絶妙。
感動がじわじわと押し寄せてくるのがわかった。
この女将さん、ただ者ではない。
時間をオーバーして、話が弾んだ。
「もう90年もやってますからね。私で2代目。小豆は昔からずっと北海道産、砂糖は上白糖です。あんこづくりは仕込みが大変なんですよ」
今も昔と変わらない、「銅鍋で薪(まき)を使って炊いている」と聞いて、このあんこの絶妙な美味さの秘密の一端を垣間見た思い。
店名の「喫茶部」の意味を尋ねたら、元々が和菓子屋で、甘味喫茶を出すときにそうなったとか(和菓子屋はすでに店を閉じているようだ)。
樹木希林主演の「あん」で、あんこづくりの際に、小豆にささやきかけるシーンが出てくるが、この女将さんからもそんな気配が漂ってくる。
あちらは映画だが、こちらは現実。
つぶ餡の恐るべき美味さをかみしめる。
いい塩梅の塩気、小豆のつぶのほっこり感。にじみ出る呉(ご=小豆の中身)の舌触り。すべてがAクラスだと思う。
こういう出会いはそうザラにはない、と思う。
夏にはかき氷を始めるそう。このあんこを使ったかき氷を食べにまた来なくっちゃ。
記者の目で欠点も探したが、ついに見当たらなかった。
「甘味 塩川喫茶部」
所在地 長野・松本市大手4-12-8