かつて「西の西陣、東の桐生」とうたわれた、群馬・桐生市の和菓子屋さんで見つけた絶品「くず桜」を取り上げたい。
ローカルの奇跡というとちょっとオーバーかな。でもそのくらい。
コロナと酷暑をまとめて吹っ飛ばしたい。あんこ好きとしてはこういう時こそ一息つける水菓子と出会いたい。
水菓子。みずがし。本来は果物を指すが、和菓子好きにとっては「水ようかん」や「くず桜」など夏に冷やして食べと美味しい生菓子も水菓子なのである。
その水菓子の逸品を桐生市の中心部で見つけた。
本町通りに小さく店を構える「御菓子司 辰見屋(たつみや)」。セピア色が似合う古い和菓子屋さんで、歴史のある街にはこうした時間の大波に流されずに踏ん張っている古い杭のような店がある。
「辰見屋」もその一つで、タネを明かすと、たまたま妻の実家が桐生市で、お盆なのでお墓参りに来たついでに市内をブラ歩き中に、私のあんこセンサーにヒットした。
創業が明治20年(1888年)で現在4代目。たまたまいらっしゃった女性が4代目女将さんだった。常連客がおはぎを買いに来ていて、「ああまだ残ってた。ツイてるわ。5個ちょうだい」などと軽口をたたいていた。いい感じ。
おはぎの他に水羊かん、くず桜、田舎まんじゅう、上用饅頭などが並んでいて、それらが残り少なくなっていた。
いずれも基本的に110円(税込み)というのも驚きだが、一つ一つが和菓子職人の気配が詰まっているような、清楚な佇み方に惹かれた。桐生名物花パンも置かれていた。
少量しか作らない、売り切りごめんの店とわかった。
おはぎ(こしとつぶ)を買い、「冷えてます」と表記されていた水ようかん、くず桜、田舎まんじゅう(蒸しきんつば)を買い求めた。
すべて小ぶりだが、あんこからすべて自家製で、「昔と同じ製法です」(4代目女将さん)という徹底ぶり。期待し過ぎず期待して(この表現ヘンかな?)、敬意を込めながら、自宅に持ち帰って、早めに賞味することにした。
女将さんが「くず桜が一番足が速いです。あまり時間を置くと白っぽくなります。なのでお早めに」と教えてくれた。無添加なので、そこは注意が必要。
くず桜と水ようかんを30分ほど冷蔵庫で冷やしてから、氷を入れた生茶でいただく。
おはぎ、田舎まんじゅうは想像通りの素朴な、濃いあんこがそのまま口の中にとどまり続けるような、懐かしい味わい。昭和の生菓子。塩加減も効いていて、妙に洗練されていないのが、むしろ清々しい。
何よりも「これは傑作では?」と唸りたくなったのが、くず桜だった。
桜の葉がビニールなのは110円ということを考えると仕方ないが、半透明の本体が素晴らしいと思う。中のこしあんが秘め事のように横たわっている。胸のときめき。
菓子楊枝で切ると、くずのぷるぷる感がお見事。さらにこしあんの色とみずみずしさ。
こしあんの上質は例えば、しっとりとした舌触り。なめらかだが、きれいな粒子すら感じる。北海道産小豆とグラニュー糖で炊いているそうで、甘さが控えめで、しかも小豆のいい風味もしっかり生かしている。
この一品と出会えたことが今回のあんラッキーだった(アンラッキーではありません)。
水ようかんはカップ入りで、寒天が気持ち強め。甘さも強め。
田舎まんじゅうはつぶしあんがストレートに伝わってくる。
おはぎも書いておきたい。小ぶりで、少し時間がたったせいか、半殺しの糯米が気持ち固めに変化していた。こしあんは濃厚、つぶしあんの方が風味が柔らかく、好みが別れるところ。
とはいえ、くず桜の上質と安さにウルッと来た。この一品だけで、桐生が「西の西陣、東の桐生」と呼ばれた、江戸⇒明治⇒大正⇒昭和⇒平成⇒令和とつづく線の歴史の末端にいることを実感した。
かつての繁栄は確かに消えている。
太宰治と並ぶ破滅型作家・坂口安吾がこの桐生を終の棲家にしたこと。夢の跡があちこちに残っていること。そこにこのくず桜を重ね合わせると、私もこの街を終の棲家の候補にしたくなった。
あんこには時空を超える力がある。なんてね。
所在地 群馬・桐生市本町6-388