あんこ好きには、上質のきんつばはミューズ(女神)だと思う。
あんこ界のビヨンセ、と呼びたくなるほど。
日本三大きんつばを挙げろと言われれば、一に東京・浅草の徳太楼、二に大阪・出入橋、三に金沢・中田屋を挙げたい。
江戸時代・安政4年創業の「榮太楼本舗」のきんつばも別格として存在している。その他にも隠れた逸品があるかもしれない。
と書いたところで、驚きの大きんつばに出会ってしまった。
東京・東銀座の歌舞伎座タワー地下2階を散策中に、奥まった場所にそのきんつば屋が実演販売していた。
きりっとしたきんつば職人さんが鉄板で淡々と焼いていた。いい風情だが、場所が目立たない。
その名も「いろはきんつば」。一個210円(税込み)だが、つい最近値上げしたようだ。
その大きさと形。円形で普通のきんつばより優に二回りはデカい。その素朴な焦げ目と焼き色が江戸時代のきんつばを思わせる。
中央部に刀の形の凹みを付けている。確かに江戸時代の原きんつば。
ここでは「いろはきんつば」の名前で売られているが、本店は長野・飯田市の「菓子処 和泉庄(いづしょう)」だとわかった。そこでは「名代 大きんつば」の名前で、長いながい歴史を持っていることもわかった。
創業が文政元年(1818年)で、初代から一子相伝で大きんつばを作り続けている。
お土産に買って帰り、家で食べたら、その素朴な美味さにため息が出かかってしまった。
薄い皮、その中にぎっしりと詰まったつぶしあん。その驚きのボリューム。
大きさを測ってみたら、直径が6センチほど。厚さが2・7センチもあった。
寒天が一切使われていず、つなぎは少量の水飴だけ。
ひと口で、タイムスリップした気分に襲われた。
甘さがかなり抑えられていて、上質のふくよかなつぶしあんを、そのまま賞味しているような素朴な味わい。柔らかな小豆の風味がとてもいい。塩気はほとんど感じない。
小豆は北海道十勝産を使用、砂糖は白ザラメ。添加物などはむろん使用していない。
あんこの魅力が全開したかような、かようなきんつばが存在していたこと、それをこれまで知らなかったことが悔しい。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
焼き立てを少し冷まして食べるのが美味いが、冷えてからでも味わいは衰えない。
きんつばは江戸時代中期、京都で誕生している。京都では刀の鍔(つば)と形が似ていることから銀つばと呼ばれ、あのうるさい京雀に愛されていた。
それが江戸に伝わって、「銀より金の方が縁起がいい」という理由で、「金つば」となったようだ。
現在の角型のきんつばは明治以降に誕生したもの。
「和泉庄」は現在七代目で、八代目も修行中とか。
本店以外で焼き立てを食べれる場所は、ここ歌舞伎座タワー地下2階しかない。
それなのに奥まった、目立たないところで細々と焼いている。これがどれほどの凄いきんつばなのか、ほとんどの人が知らない。
あんこが苦手な人にはどうでもいいことかもしれないが、あんこ好きにはこの事態はあまりに悲しすぎる。
書いているうちに、あんこ界の隠れビヨンセにまた会いに行きたくなった。
所在地 東京・銀座4-12-15歌舞伎座タワーB2「お土産処 かおみせ」内