歴史上の人物にはあんこ好きが多い。
例えば豊臣秀吉。うぐいす餅の命名者としても知られ、餅菓子、紅練り羊羹などエピソードに事欠かない。
徳川家康も饅頭好きだったようで、「塩瀬」の七代目が長篠の合戦の前にに「本饅頭」を献上したというエピソードも伝わっている。
明治以降でも夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎など串団子やユニークな饅頭茶漬け、煉り羊羹など、あんこ愛のエピソードを挙げたらきりがないほど。
で、今回はーー。大磯に居を構えた吉田茂や島崎藤村など戦後活躍した「VIP」が愛した二品を取り上げたい。
「エライお方」の舌がどんなもんだったのか、試してみたくなって神奈川・大磯町へ。
明治24年(1892年)創業の「大磯 新杵(しんきね)」。現在4代目。
見世蔵造りの古い店構えが素晴らしい。タイムスリップ感に襲われる。
常連客の多い、売り切れごめんの人気店でもある。
●ゲットしたキラ星
虎子饅頭 税込み130円×2個
西行饅頭 同130円×2個
時雨(しぐれ) 同130円×2個
【センターは?】
創業時からの虎子饅頭vs西行饅頭
●アプローチ
古い引き戸を開けるとそこは別世界だった。
京都の老舗に劣らない、創業当時からの帳場に目が開かれてしまった。
実際にナマで見ると、「ほお~」が三つ四つ出る。
やや暗めの店内に色とりどりの上生菓子や干菓子が並び、そこに4代目の奥方(きれいなお方だった)。応対が下町の女将さんのようで、明るい活気に包まれている。
豆大福、饅頭類、季節の生菓子が陳列棚の上に置かれ、上菓子屋さんなのに、タカビーな印象はない。
そこに虎子饅頭と西行饅頭が置かれていた。
二つとも手に取りやすい庶民価格でホッとする。個売りにも対応してくれ、好感。
●賞味タイム
どちらをセンターにするか、大いに迷った。なので両方センターに置いてみた。
まずは吉田茂が愛した虎子饅頭。もうすぐ寅年が終わるので、ゆっくりと今年一年を思いながら食べる。
白い上品な小麦まんじゅうで、虎の後ろ姿の焼き印がおもしろい。大きさは左右50ミリ、高さは33ミリほど。重さは約47グラム。
中は自家製のこしあん。北海道産小豆×上白糖。
ふっくらとやや厚みのある皮とぎゅっと詰まったこしあんの相性が絶妙。
上質なしっとりとしたボリューミーなこしあんで、甘さがほどよい。
塩気は感じない。
「うちは塩は使っていないんですよ」(4代目奥方)
レンジで少し温めたら、蒸かし立てのようになり、味わいがさらに上がった。これを食べたら心が穏やかになり、「バカヤロー」とは言えないだろうな、きっと(笑)。
吉田茂が愛した饅頭ということが実感できた。
西行がかぶっていた笠をイメージした、焼き饅頭で、波照間産の黒糖を加えている。
虎子饅頭よりも平たくて、薄い皮には卵黄も入れている。
「西行」の焼き印。
こちらのサイズ左右58ミリ×厚み20ミリほど。重さは約45グラム。
中のこしあんは虎子饅頭と同じものだと思う。だが表面を薄く焼いた焼き菓子なので、より香ばしさを感じる。甘すぎない、こしあんの美味さ。
舌の上ですーっと溶けていく、儚さがとてもいい。
※下の写真。左が虎子饅頭、右が西行饅頭です。
平安時代末期、西行法師は東国への旅の途中で大磯に立ち寄り、「心なき身にもあはれは知られけり鴫(さぎ)立つ沢の秋の夕暮れ」と詠んでいる。
しみじみと味わい深い歌だが、この上質な饅頭も負けていない、と思う。
余韻が長い。
どちらかと言うと、こちらの方が僅差で私のあんこハートにビビときました(個人的な感想です)。
●おまけは「時雨(しぐれ)」
これを見て思わず目が引き込まれた。
超老舗「萬年堂(まんねんどう)」の「御目出糖(おめでとう)」と同じ高麗餅で、こしあんと米粉をそぼろ状に蒸し上げ、艶やかな小豆を乗せている。
私が衝撃を受けたあんこの蒸し菓子。
安くないのが難点だが、この「大磯 新杵」のものは敷居が低い。130円の表記を二度三度確かめたほど。
口に入れ噛んだ瞬間、そぼろがホロホロと崩れ落ち、同時に淡いこしあんの風味が広がる。
萬年堂ほどのもっちり感はないが、淡白で上質の味わい。
「時雨」とは秋から冬にかけてのにわか雨のことで、口の中で崩れ落ちる感覚がまさに時雨のよう。これはこの老舗の隠れた逸品だと思う。
「大磯 新杵」
所在地 神奈川・大磯町大磯1107