和菓子界の新しい動きの一つが小豆の美味さをストレートに押し出した老舗の「自家製あんこの瓶詰め」。あんこをジャムのように瓶に詰める。
あんこは和菓子の基本なので、よく考えてみれば、これほど理にかなった商品はないかもしれない。
これって和菓子におけるコロンブスの卵、と言えなくもない。
前回ご紹介した「御菓子司 亀末廣(かめすえひろ)」の冬季しかつくらない、季節限定の「丹波大納言」(瓶詰めではないが、究極のシンプル)などはその最たるものだと思う。
で、今回。
西陣の老舗「御菓子司 塩芳軒(しおよしけん)」の黒染めの長暖簾をくぐったら、宝石のような上生菓子の右側に創業当時からの焼き菓子「聚楽(じゅらく)」があり、さらにあんこの瓶詰めが見えた。ん?
あんこのこだわりには定評のある老舗だけに、どんな味わいか好奇心がむくむく。
黒いモダンな紙箱には「京都大納言小豆の粒餡」と表記されていて、じっくりと炊いたつぶあんの瓶詰め(200グラム入り)と、そのつぶあんを楽しむための薄い「ふやき煎餅」(8枚)がセットになっていた。
ふやき煎餅は今風に「お米のクラッカー」とも説明されていた。
ちなみに「麩焼き」はあの千利休が茶席でよく出していたもの(クレープ状に焼いてから甘味噌を塗っていたようだが)。
以前来たときはなかったので、コロナ以後の新しいチャレンジだと思う。
30秒ほど思案して、ゲットすることにした。
もう一品、塩芳軒の原点とも言える、創業以来(明治15年)の銘菓「聚楽(じゅらく)」も包んでもらう。
ちなみに現在は5代目。ルーツをたどると、あん入り饅頭の元祖「塩瀬」(南北朝時代創業)にまでたどり着くようだ。
・ゲットしたキラ星
京都大納言小豆(セット) 税込み1620円
聚楽(5個入り) 同1080円
【センターは?】
こしあんの入った焼き菓子「聚楽」がセンターにふさわしいかもしれないが、今回は老舗の進取の気性に敬意を表して、「京都大納言小豆の粒餡」(200グラム入り)を置くことにした。
京都大納言とは丹波大納言のことだと思う。店のお方もそうおっしゃっていた。
ネーミングとしてはより京都を打ち出していて、クールだと思う。
●味わいは?
ごらんの通りの瓶詰めで、蓋を取ると、表面がうっすらと糖化していて、いぶし銀のオーラを放っているよう。
ふやき煎餅を用意して、そこにスプーンで掬った大納言小豆のつぶあんをドンと乗せてみる。
見事に煮詰められた、濃い小倉色の艶やかなつぶあん。
しばらく見つめてから、口に運ぶ。
大納言小豆(皮がやや硬いのが特徴)がねっとりと、皮まで溶け込むように仕上げられている。
密度となめらかな舌触り。濃厚な甘さ。いい風味がゆっくりと来る。
じっくりと時間をかけて煮込んだことがわかる。
材料は丹波大納言小豆と砂糖のみ。
シンプルの極み。
渋抜きをしっかりしていて、雑味はきれいに消えている。
小豆のいい風味を残したまま。
さすが老舗のあんこだなあ、と素直に舌鼓を打つ。
以前食べた「亀末廣」の丹波大納言とは比較できないが、素晴らしいあんこだと思う。
ふやき煎餅はサクッとしていて、このねっとりとしたつぶあんを上品に押し上げている。
こういう組み合わせの食べ方も面白い。「あん古知新」の楽しみ方。
【セカンドは『聚楽』】
塩芳軒の目玉の一つ「聚楽」は、中がこしあんの焼き菓子だが、小麦粉ベースの皮はしっとりしていて、見た目よりも柔らかくて、香ばしい。
こしあんも穏やかな甘さ。糖蜜(水飴、和三盆など)の気配が絶妙で、全体のハーモニーがとてもいい。口どけが素晴らしい。
表面の刻印は「天正(てんしょう)」の文字。この一帯が豊臣秀吉が天正年間に築いた「聚楽第」(じゅらくだい、またはじゅらくてい)を表しているようだ。
●ついでに蛇足。
「塩芳軒」のある飛騨殿町はかつては秀吉の重臣、蒲生氏郷の屋敷があった場所でもある。
私が個人的に好きな戦国武将で、彼の正室は冬姫(織田信長の次女)。つまり信長が見込んだ男でもある。千利休の七哲の筆頭でもあった。町名に今も彼の名前(蒲生飛騨守氏郷)が残っていることに感銘を受ける。意外に知られていないが、茶の湯、千家は彼なくして存続できなかった。
39歳で非業の死。辞世の歌は「限りあれば吹かねど花は散るものを心みじかき春の山風」。
「御菓子司 塩芳軒」
最寄り駅 京都駅から市バス「大宮中立売」下車