東北のあん古都・会津への旅のもう一つの狙いが不思議系の極致「Fly Me to The Moon 羊羹ファンタジア」だった。何というネーミングか、私を月に連れてってだって? ようかんファンタジアだって?
羊羹(ようかん)を追い続けている私にとって、その登場はほとんど衝撃的だった。
百聞は一見に如かず。とにかく見ていただきたい。
切り口(断面)が絵画のような、確かにファンタジーそのもので、夕暮れの海を青い鳥が月に向かって飛んでいく、という図柄。
夜空と海が小豆羊羹で、その中間部を透明なブルーと金色3~4層がグラデーション状に広がり、そこに青い小鳥と月がくっきりと浮かんでいる。
なんじゃこりゃ?
切るたびに月が三日月から満月へと変化していく。びっくりのストーリー性。
江戸・寛政年間に東京・日本橋で初めて寒天を使った練り羊羹(それまでは蒸し羊羹が主流だった)が産声を上げた、というのが定説だが、オーバーに言うと、それ以来の羊羹界のエポックメイキングな登場の仕方かもしれない。
一体全体、これが羊羹に見えるか? いやいや、もし羊羹だとしても「YOKANN]とローマ字表記した方がいいのでは? そんな気にさせるユニークさだと思う。
作ったのが創業170年(嘉永元年創業)を超える、会津若松の老舗和菓子屋「本家長門屋(ほんけながとや)」だと知って、今回の目的の一つに入れた。
会津駄菓子でも有名な店だが、上生菓子や創作和菓子にも力を注いでいる。会津藩松平家ゆかりの店でもある。
アポなしで訪問、たまたま5代目がいらっしゃって、少しだけ話を聞くことができた。
それによると、考案の中心は6代目(息子さん)で「チームとしてみんなで約1年かけて試行錯誤しながら作り上げた」そう。3年ほど前のこと。いい意味で遊び心も感じる。
1箱(形は棹ではない)3500円(税込み)とそう安くはない。
パッケージもこれまでの常識とはまるで違う。
3.11で大きな被害を受けた浪江町出身の若い女流画家にデザインを依頼したそう。
十二分に目を楽しませてくれるのはわかった。チャレンジ精神もわかった。
肝心の味はどうか?
個人的な好み、自宅でコーヒー(紅茶やワインも合うそう)を用意して、パッケージを取り、台形のずっしりと重い中身を取り出した。形まで前例がない奇抜さ。
重さを量ったら510グラムもある。
上から見るといい小倉色とテカリの練り羊羹。だが、包丁で少しずつスライスしていくと、このアンビリーバボーな羊羹のファンタスティック性が見えてくる。
個人的にはシャガールの世界を思い出した。
練り羊羹の部分(夜空と海)は本格的な、密度の濃い、上質な羊羹で、口どけもいい。
夜空の星をイメージしているのか、会津特産のくるみ(鬼くるみ)や干しレーズン、クランベリーが潜んでいる。
この食感と風味(特に鬼くるみ)が練り羊羹と見事にコラボしている、と思う。
中央部の金色からブルーへのグラデーションの層は寒天と砂糖を煮詰めた錦玉羹で、驚くことにシャンパンも加えている。違和感はない。
青い小鳥と月は白あんを練り上げたレモン羊羹、クチナシや赤ダイコンで着色しているようだ。意識して果汁の酸味を加えている。職人芸。
全体のほどよい甘さが確かにファンタジーに変換していくようだ。余韻も長い。
さて、こうした説明は無用かもしれない。
目で楽しみ、舌と鼻、すべてを動員して五感で楽しむ。よく考えたら、これは上生菓子の楽しみ方ではないか?
フランク・シナトラをイメージして「私を月に連れてって」などと妙なくすぐり方をしなくても、これはある種伝統にのっとった、新しい、新古典の世界ではないか。
ふと世界に出したくなる、新しいWAGASHIの一つの成果かも、と思う。
目をつむると、絶妙な、濃厚な練り羊羹と錦玉羹、それに鬼くるみなどのバックコーラスが見事なハーモニーとなって、舌の上から全身に広がってくる。
京都に負けない、本格的な練り羊羹と技術がベースに流れている。
あるいは3.11後のこれはみちのく和菓子界からの、世界に向けたささやかなメッセージと言えなくもない。Fly Yokann to The Moon. とシャレたくもなる。
さて青い鳥は見つかるか? 月はどっちを向いている?
今回はちょっと力が入りすぎたかもしれない。書いてて疲れてしまった(ふーっ)。
所在地 福島・会津若松市川原町2-10