私にとって、京都・和菓子界の頂点の一つが烏丸御池にある「御菓子司 亀末廣(かめすえひろ)」である。
創業が文化元年(1804年)で、虎屋や川端道喜よりは歴史が浅い(恐るべし京都!)が、いい意味でとんでもないポリシーを長年守っている。
「デパートからの出店依頼を断り続けてるんや。ほんま日本でも希少な店の一つで、通販もしておまへん。江戸時代からの対面販売をずーっと守っているのがそんじょそこらの和菓子屋とは違います。京都の中でも本物の一つや」
8年ほど前のこと。口の悪い京都人の畏友が、珍しくそう語った。
その足で、タイムスリップしたような土蔵造りの店を訪ね、真竹入り「大納言」を買った。確か一つ400円以上していた(高いなあ、と思ったが)。丹波大納言小豆をじっくりと蜜煮しただけの、あまりにシンプルな、あまりに濃密な味わいに心がざわめいた。
今回はそれ以来の訪問。つまり8年ぶりの訪問となる。
「亀末廣」は干菓子や半生菓子、落雁(らくがん)を詰めた美しい「京のよすが」が有名だが、上生菓子の評価も高い。
今回はネーミングに惹かれて「古の花(このはな)」(税込み 1棹2100円)を買い求めた。
渋い竹皮に包まれた、丹波大納言を使った小豆羊羹の範疇に入るが、ただの羊羹ではなかった。
京都から自宅に戻って、竹皮を外し、さらに銀紙(表は白)を取ると、きれいな小豆色の羊羹が姿を見せた。
驚いたのは、一部分に琥珀色(こはくいろ)の寒天が流し込まれていたこと。細かい気泡が金色に輝いていた。
わっ、うつくしい。地味な美という世界もあるんだ。雅(みやび)という言葉も浮かんだ。
江戸の粋に対して京の雅。その遺伝子がここにもある。
包丁で切ると、断面は羊羹生地の夜の中で、蜜煮した大納言小豆がポツポツとつぼみのように咲いているようにも見える。
敬意を表しながら、口に運ぶと、きれいな舌触りで、大納言小豆の柔らかなつぶつぶ感がゆるゆると立ち上がってきた。一粒一粒が形はあるのに、皮まで驚くほど柔らかく炊かれているので、歯触りがすっすっと入る。
虎屋の「夜の梅」と似ているが、食感が違う。妙なねっとり感がない。雑味もない。
やや甘めで、それでいてたおやかな風味。柔らかな凝縮感もある。
寒天は固めで黒糖の気配がある。固めのゼリーのような感覚。
上手く表現できないが、金色のきらめきが小豆羊羹と恋愛し、口の中で崩れ落ちながら溶けていく。そんな感じ。
丹波大納言小豆のふくよかな余韻が心地よい。
現在7代目。元々は伏見で茶釜を作っていたようだ。その流れの中で上菓子屋になり、二条城や御所にも納めたほどの指折りの「御菓子司」となっていった。
江戸時代のスタイルを頑なに守り続けているが、いくつか暖簾分けはしている。「末富」「亀廣永」「亀廣保」など。
ネットの時代にこういう店が存在していることを素直に喜びたい。「古の花」は亀末廣そのものかもしれない。
最寄駅 地下鉄烏丸御池駅から歩いて約3~4分