羊羹(ようかん)というと「とらや」があまりに有名だが、幻のあんこを探す旅を続けている途中で、あんビリーバボーな羊羹屋さんを訪ねることにした。
5~6年前から「一度は行くべき店」として金星を付けていた、羊羹をメーンにした上和菓子屋さんでもある。特に夏場限定の水ようかん「む羅さき」は予約しないと手に入りにくいとも言われる。
コアな羊羹好きの間では知られた存在。
東海道本線豊橋駅からチンチン電車(市電)で札木下車、呉服町に店を構える「御菓子所 絹与(きぬよ)」。6年越しの甘い夢が今回ようやく実ったというわけである。
創業が何と享保19年(1734年)、現在10代目。一子相伝で昔ながらのきめ細やかな羊羹づくりを続けている、超レアな店でもある。旧吉田藩の城下町でもあり、東海道五十三次「吉田宿」で栄えた場所でもある。
「羊羹の歴史の滴り」を固めたような3棹だけ、今回はテーブルに載せたい。その宝石のようなお姿がこれ。
正座して食べたくなる羊羹で、「小豆(煉り羊羹)」(1棹 税別1200円)、「今宵の友(和三盆を使った煉り羊羹)」(同 1600円)、「久礼羽(白大福豆を2色に煉り上げた羊羹)」(同 1300円)の3種類。
それぞれに上質の味わいを感じたが、個人的に最も気に入ったのが「今宵の友」。
竹皮を取り、銀紙で丁寧に包まれた羊羹を切る。
本体が現れる。1棹の長さは192ミリ、幅45ミリ、高さは28ミリほど。
見事なテカリと小倉色、窓から差し込む光で、周辺部がほのかに明るい。
砂糖は9代目が探し求めた阿波の特別な和三盆を使っている。
口に入れた瞬間、北海道十勝産小豆のきれいな風味と深いコクが穏やかに広がってきた。ふわり感がすごい。
ほどよい甘さ、なめらかなねっとり感、しっかりした歯ごたえ、長い余韻・・・羊羹の持つ特性を突き詰めていくとこうなるのか、という絶妙な味わいで、その奥に一子相伝の根を詰めた作業が想像できる。
「小豆」は本煉り羊羹で、小豆の粒々はない。「今宵の友」と違うのは使用している砂糖が白ザラなこと。なので、こしあんの美味さがストレートに伝わってくる。味わいはすっきりとした、きれいな余韻が特徴。
白と紅の「久礼羽(くれは)」は見た目の美しさとシンプルな味わい。白大福豆のクセのない風味と食紅で赤く染め上げた2色の層が、若き羊羹職人としての10代目の腕の精進を感じさせる。
「あん作りから手作業で自家製という羊羹屋は極めて少なくなってきていますね」(9代目)
店を訪ねた時、幸運なことにその現場を見せていただいた。長い木べらを使い、信州茅野産の角寒天と合わせ、砲金の釜で少量ずつじっくりと練り上げていく。付きっきりの作業が続く。
「小豆の顔を見ろ、丁寧にあんから自分で作れ。これが先代からの教えなんですよ。砂糖焼けしないギリギリのところで踏ん張る。一瞬も気を抜けないから大変なんですよ」(9代目)
少量製造の極致とも言える。若い10代目とそれを見つめる9代目。私にとっては奇跡の時間でもある。一子相伝の、280年以上の気の遠くなるような歴史が木べらの先で、一筋の光の線になっていくよう(困った、うまく表現できない)。
「できました」と10代目。
煉りあがった羊羹は舟(型)に流し込み、1週間ほどかけて「おさまる」のを待つ。
そうして出来上がった羊羹を1棹ずつ切っていく・・・残念ながらそこまでは滞在できなかったが、その一端はほんの少しだが、垣間見ることができた。
へえーと思ったのが、最後の仕上げにハチミツを少し入れること。糖化を防ぐための「絹与」直伝の技でもある。
その汗と技の成果を幸せホルモンに包まれながら賞味する。食べ終えると、かしわ手を打ちたくなった。これは夏場も行かなくてはなるまい。
所在地 愛知・豊橋市呉服町61