京都は和菓子のメッカだが、甘味処のメッカでもある。
あんこ好きにとっては、天国に最も近い場所。
数を挙げたらきりがないので、ここではその頂点の一つを取り上げることにする。
清水寺が見える二寧坂の石段下で、隠れるように紺地の長暖簾を下げている「甘味処 かさぎ屋」。創業が大正3年(1914年)、甘味処としては歴史が古く、現在の店主は4代目。
ここの「亀山」(税込み 800円)がすごい。
とにかくそのあまりに魅力的なお姿を見てほしい。
見ただけで目がクラクラ・・・卒倒しそうになりませんか?
変なたとえだが、ビヨンセのナイスバディーに匹敵する、いや甘党にとってはそれ以上かもしれない。
希少な丹波大納言小豆を丁寧に炊き上げ、水分をぎりぎりまで飛ばしたもの。
大きめのお椀のフタを取ると、甘い湯気とともに、小倉色の大粒小豆が現れる。汁気がない!
30秒ほど見入った後、ふうふうしながら箸をつける。
ほっこりとした、ほどよい甘さと丹波大納言小豆のワンランク上の風味が口の中に広がる。ほのかな塩気も効いている。
炊きあげられた柔らかな皮と中のふくよかな素朴がたまらない。
奥に焼いた餅が潜んでいて、その香ばしい伸びやかさに大粒の小豆が絡む。
昔のままの、このようなスペシャルなぜんざいは極めてレアだと思う。
箸休めの青じその漬物も美味。
東京・人形町「甘味処 初音」の「煮あずき」(北海道産えりも小豆)も美味いが、この丹波大納言ぜんざいとは比較できない。ボリュームも倍くらいある。
神保町「大丸おやき茶房」の「ぜんざい」もこの部門のモンスターだが、超甘で、それとも味わいが違う。こってりではなく、ほっこり。甘さを抑えた大納言小豆の風味が京都のまったり文化の延長線上にあると思う。
この一帯は人気スポットで、中国人観光客も多いが、この少し奥まった隠れ家のような店には騒音が及んでいない。ある種の、常連好みの世界。BGMもないので、ここだけ別世界のようでもある。
よき時代の大正・昭和がそのまま。入ってみると、敷居はそう高くはないのに、入り口には透明なバリアーが張ってある気もする。あんこが大好きな人だけが入れる小さな世界。
創業当時の甘味処の建物がそのまま残っているのは、このあたりでも貴重だと思う。
ところで「亀山」とはいかに? その由来は?
4代目によると、丹波産小豆の産地亀山から来ているという説と、お椀に入れた大納言小豆のビジュアルが亀の甲羅に似ていることから来た、という二つの説がある。
4代目でさえ「はっきりしたことはわからない」そう。関西の一部では汁気のないぜんざいを昔から「亀山」と呼んでいるという声もある。
一時、二寧坂に住んだこともある大正ロマンの画家・竹久夢二がよく通っていたそうで、「初代の時だったようですが、特にこしあんがお好きだったと聞いてます」(4代目)とか。
とすると、よく食べたのは「おしるこ」の方で、この「亀山」は食べなかったかもしれない。あるいは何度かは食べたかもしれない。
空想の時間の旅をしながら、私は時間をかけて、最後の一粒を食べ終える。
ほっこりと同時に切ない余韻も舌に残る。
終生、中央画壇から見離されていた夢二が最愛の彦乃と二人連れでやってきては、少し猫背でおしるこを食べてる姿を想像する。
隅っこのテーブルあたりに甘い、平和な、不遇の時代のシルエットが重なるようにクロスするのだった。
最寄駅 京阪・祇園四条駅から歩約15分