この水ようかんは地味系の奇跡かもしれないぞ。
冬の黒糖入りの水ようかん。
と書くと、へえ~よくありそうな黒糖入りね。
そんな感想がさらりと表面を通り過ぎていくだけかもしれない。
だが、口に入れた瞬間、その舌触りに「ほう」となる。
なめらかな中に、どこかざらっとした素朴な食感。
こしあんと寒天の配合が絶妙で、塩気が強め。
黒糖のミネラルの風味が後から押し寄せてくる。
秩父の水ようかん一筋「松林堂(しょうりんどう)」の逸品である。
黒ダイヤを思わせる美しさ。
関東の水ようかんと言えば日光があまりに有名だが、秩父にもかような店があること。
私にとっては一つの発見でもあった。
5本入り(1本 税込み97円)を買い、古い一軒家の店内を見渡す。客はたまたまなのか、一人しか見当たらない。
奥が広い板場になっていて、薄暗い。隅々まで清潔感。清流の匂いと水羊羹職人の歴史が染みついているよう。これはちょっと感動もの。
たまたま痩せ気味の4代目がいて、少しだけ話を聞くことができた。
創業は明治中頃で、この黒糖ようかんは初代・松五郎が作ったものだそう。
それをそのまま今も引き継いでいる。一子相伝。
毎朝午前3時に起きて、4代目が一人であんこ作りから始める。
小豆は北海道産えりも小豆とそのときどきのいい小豆を仕入れて使用しているそう。
「黒糖だけだとクセが強くなるので、上白糖も加えてます」
冬はつらいが、水ようかんは美味い。
福井の水ようかんも夏ではなく、冬に食べる。
冬は実は水ようかんの美味い季節でもある。
水ようかん=夏の楽しみ、というのは少し間違っていると思う。
「生ものなので冷蔵庫に入れて、お早めに食べてください」
黒光りした水ようかんを温かい自宅で食べる。
日光の水ようかんよりも少し短め。
茶褐色の蜜が滴るよう。
添加物の気配はない。
熱い煎茶で冷たい黒糖ようかんを味わう。
4代目の冬の午前3時からの作業を思うと、少しだけ申し訳ない気持ちにもなる。
だが、それ以上にかような黒糖ようかんと出会えたこと。
それを素直に喜びたい。
所在地 埼玉・秩父市本町6-1