あんこ入りの饅頭(まんじゅう)と言えば、ごく庶民的な和菓子というイメージが強い。
だが、ここに別格の饅頭がある。
塩瀬総本家の「本饅頭」である。
茶会などでも使われる上生菓子の高級饅頭で、オリジナルは塩瀬本家でしか作れない。
それがこれ。見た目はいかつい。大きさはピンポン玉大。
徳川家康が長篠の戦い(天正三年=1575年)に臨む際に、塩瀬の七代目が戦勝祈願に贈った饅頭で、そのときの作り方を今も変えていないそう。恐るべき饅頭、なのである。
塩瀬総本家の歴史がすごい。何せ創業が室町時代初期、貞和5年(1349年)というから驚く。
その初代、林浄因(りんじょういん)は中国留学を終えた禅宗の高僧に従って日本にやって来た。当時の日本にはまだあん入り饅頭は一般化されていなかった。(もう一つの系譜に聖一国師が伝えたとされる酒だねの饅頭がある。それはもっと古く、一説ではやがて虎屋へと引き継がれていく)
皮に山芋を使い、こしあんを包み、ていねいに蒸し上げる。それが塩瀬饅頭のルーツだが、写真の本饅頭はさらに洗練されたものとも言える。
饅頭界の頂点だと思う。
半透明の薄い皮。中のこしあんが薄っすらと見える。
黒文字(つまようじ)で二つに割ると、濃い藤紫色のこしあんが現れる。
ゆっくりと口に運ぶと、あまりの上品な味わいに言葉がない。瑞々しいこしあん。
控えめな甘さとほんのり塩気。きれいな小豆の風味が一瞬だけそよ風になる。
こしあんは北海道十勝産小豆で、さらによく見ると蜜煮した大納言小豆が入っている。つややかな二重奏で、その手の込みように「ほう」となる。670年近く続く超老舗の和菓子職人の腕はダテではない。
これほどのあんこはそうザラにはない、と思う。
一個が400円(税別)とかなりお高い。それだけがネックだが、食べ終えると、納得がいく。
徳川家康がその味わいに感動したというエピソードも残っている。にわかには信じがたいが、こういう時空を超えた饅頭が一つや二つあってもいい。あと数百年は続いてほしい。心からそう思う。
所在地 東京・中央区明石町7-14