究極のあんこ、というものは永遠の謎かけだと思う。
とはいえ、それに近いものはきっとある。
「一幸庵」のあんこは多分、その一つだと思う。
東京・小石川にある和菓子の名店。老舗とはいえないが、当主は知る人ぞ知る和菓子職人で、こだわり抜いた生菓子などはあっという間に売り切れてしまう。
そのすぐ近くに「cafe 竹早72」があることを知り、のぞいてみた。ここは「一幸庵」の娘さんが営む小さなカフェ。オープンして4年ほどだが、あまり宣伝しないためか、客はそう多くない。
「おしるこ」や季節の和菓子など、一幸庵のあんこを堪能できる、穴場でもある。
素材から作り方までこだわり方が半端ではないので、その分、舌代も安くはない。
モダンなシンプル。カウンター席とテーブル席。無駄なものがない。ゆったりした時間が小さな空間に揺蕩っている。
メニューの中に「ANNパン」(税込み800円)を見つけ、頼んでみることにした。
白い大皿にトーストして四角く切り分けられた食パンとこしあん、つぶあんがきれいに置かれていた。お茶が付いていて、気配りが効いている。柴漬けと梅漬けの箸休めも。
そのこしあんとつぶあんについ見入ってしまった。
こしあんは薄い茶色で、その見事な肌理が伝わってきた。絹のようなこしあん、と表現したくなった。
口に含むと、そのきれいなねっとり感にたじろぐ。バターが塗られているトーストパンに挟んで食べると、いささか物足りないほどの繊細な風味。
もう一つのつぶあんは小豆の色が濃い。聞いてみると、「能登大納言小豆を使ってます」とか。丹波大納言と並ぶ最高峰の大納言小豆で、粒の大きさと風味がひときわ光るもの。
ひと口。風味が只事ではない。一粒一粒がふっくらと炊かれていて、形が崩れていない。しかも、皮も中身も実に柔らかい。ほどよい甘み。
いい和菓子職人の手にかかると、能登大納言小豆の風味がさらに引き立つことがわかる。
トーストパンに挟むと、こちらはパンの風味にもバターのささやきにも負けていない。
「砂糖は和三盆でしょう?」
「いえ、白ザラメです」
ハズレてしまったが、たおやかな店主との短い会話も楽しい。ちなみに店名の最後に付いている「72」は古から伝わる季節の流れ「二十四節気七十二候」から取っているそう。
こういうカフェが東京の片隅にあることを喜びたい。あんこ好きにはおすすめの世界ではある。
所在地 東京・文京区小石川5-14-2