このやや小ぶりな豆大福を最初に食べたとき、そのあまりの美味さに驚いた。
赤えんどう豆の凄みとふくよかなつぶあん、柔らかな餅が絶妙なハーモニーを作っていた。私にとってはちょっとした事件だった。
5年ほど前のことである。
当時は護国寺・群林堂や京都・出町ふたばが私の中では豆大福界の両横綱だったが、それに劣らない。すすけたような小さな店構えと店主のご高齢に驚きが好奇心へと広がっていった。
何なんだ、この店は?
東京の寺町、谷中の「荻野(おぎの)」である。
観光客でごった返している谷中銀座から少し離れた、さんさき坂の途中にひっそりと紺地の暖簾を下げている。
地元のおばちゃんがたむろしていることもある。近くには禅寺「全生庵」もある。
「御菓子司 荻野」の小さな文字がこの、敷居の低い和菓子屋店主の矜持(きょうじ)を少しだけ感じさせる。
その後何度か通い、ポツリポツリ店主と話すと、和菓子職人としてのキャリアは並みのものではないことがわかった。
創業は東京オリンピックの前年、昭和38年(1963年)あたり。55年ほどの歴史だが、首相官邸の御用和菓子職人を長年務めていたことがわかった。
「官邸には20年くらい通ってましたよ」
久しぶりに「豆大福」(税込み 1個150円)と柏餅(同 170円)を買い求める。つぶあん、こしあん、みそあんの3種類。
「添加物は使ってないので今日中に食べてくださいね」
自宅に持ち帰って、久しぶりのご対面。柏餅は初めて(5月いっぱいまで)。
豆大福の美味さは1ミリも変わっていなかった。
何よりもゴロゴロ入った大粒の赤えんどう豆が秀逸で、くっきりとした輪郭と中のふくよかさが素晴らしい。塩気の絶妙。
柔らかな羽二重餅、その中にぎっしりと詰まった甘さを抑えたつぶあん。そのしっとりとした風味。
三位一体の上質が口の中で5月のそよ風となる。表現が追いつかない。
小豆は北海道十勝産、砂糖は上白糖を使用している。
ご高齢の店主との短い会話を思い出す。
「最近は毎日とはいかないけど、赤鍋でじっくり炊いてますよ」
作る数が限られているので、売り切りごめんとなる。人気の焼きだんご(みたらし)と草だんごも早い時間になくなることも多い。
中曽根元首相や小泉元首相も首相時代からこの店の隠れファンで、全生庵で座禅を組む時などお忍びで買いに来たこともあるそう。
柏餅も餅の柔らかさ、中のあんこの自然な風味がやさしい。つぶあん、こしあん、みそあん3種類のあんこのレベルもプロフェショナルのもの。
それでも私にとってはやっぱり「豆大福」が一番である。
所在地 東京・台東区谷中5-2-5