「御菓子司 紅谷(べにや)」の名前はディープな和菓子好きの間では知らない人はいない・・・はず(と断言してしまおう)。
南青山のビルの最上階に小さく暖簾を下げている。
いつかは行きたい店の最上位のどこかにランクされる、隠れ家のような名店だと思う。
一年ほど前、あんこ好きの仲間が集まった飲み会で、あーだこーだと好きな店を挙げ、熱い論争になった。大手メディアの女性記者が「東京ではやっぱり青山の紅谷ね。上生菓子のレベルがワンランク違う」と締めくくった。
その青山紅谷で、「豆大福」(税込み 1個183円)と「あゆ焼」(同270円)を何とかゲットした。人気の「ミニどら(ミニどら焼き)」は売り切れていた。
これがうわさ通りの優れものだった。
まずは「あゆ焼」。ご覧の通りのきれいな焼き色。遊び心が表面に刻印されていた。よく見るとトナカイ、サンタさん、雪の結晶。クリスマスとお正月が季節感を演出していて、心が温まる。本来の和菓子の四季折々の伝統が形を変えて、この時代に生きている、そんな想いがよぎった。
包丁で二つに切ると、どら焼きの皮生地の中に求肥(ぎゅうひ)に包まれたつぶあんが現れた。三層の甘い夢?
このつぶあん。ふっくらと炊かれていて、素材のこだわりも見て取れる。小豆は北海道十勝産、砂糖は鬼ザラメを使用しているようだ。
歯ざわりのよさと求肥のもっちり感、それにしっとり感のある甘めのあんこがいい具合に口の中で小さな天国を作る。ほのかに生姜(しょうが)の香り。その余韻を楽しみながら、指先は豆大福へ。
ミニどらと並ぶ人気の逸品で、小ぶりながら、手包み感のある餅とうっすらと見える赤えんどう豆が一つの世界を作っている。スキがない。
餅のしっかりした柔らかさと中のふくよかなつぶあん、それに固めの赤えんどう豆が口中で交じり合う。皮まで柔らかいあんこの美味さと風味が際立っている、と思う。三位一体の至福。
「青山紅谷」の歴史がすごい。大正12年(1923年)創業で、当代は3代目だが、それ以前が謎に包まれている。
「紅谷」という暖簾は、江戸時代に幕府御用達の菓子司だった「紅谷志津摩(べにやしづま)」につながっている可能性もある。明治維新とともに消えた別格の暖簾。店を畳んだ理由はよくわからない。
たまたま店にいた清楚な美人女将さんにそのあたりを聞いてみると、「もともとは本郷にあったようですが、はっきりしたことはわかりません」とか。
私的にはどこかでつながっているはず、と思う。空想が膨らむ。
それにしても利休の世界のような小さな店構え。紅谷ビルの9階にひっそりと紺地の暖簾を下げている。そのさり気ない凄み。茶席でも使われる上生菓子が静かに並んでいる。その見事な手作り感。
天空に近い小さな和菓子屋が、南青山にある。ほとんど奇跡に近い、そう思いたくなる。
所在地 東京・港区南青山3-12-12紅谷ビル9階