どら焼きの名店「うさぎや」には三系統ある。
初代が大正2年(1913年)に創業した東京・上野、その三男が始めた日本橋、初代の長女が始めた阿佐ヶ谷。
見た目はほとんど同じだが、それぞれ作り方も味わいも微妙に違う。
根っこは同じなのに、それぞれ「経営も別です」と素っ気ない。
一個200円。だが、午後買いに行くと、売り切れていることも多い。
だが、この日本橋うさぎやのどら焼きをゆっくりと楽しめる穴場がある。それが今回ご紹介する、お茶と海苔で有名な日本橋山本屋本店の喫茶室である。
「おすすめ煎茶セット」(税込み400円)で、どらやき一個と日本茶をそれなりに優雅に楽しめる。日本橋でこのコスパはまさかの世界、だと思う。
数年前に老舗出版社の編集者に教えてもらったのが初めて。
その時はさすが渋いところを知ってるなあ、と脱帽した。
それ以後、折に触れて利用させてもらっている。お茶というよりもうさぎやのどらやきを楽しめる隠れスポットとしてだが。
日本橋うさぎやのどらやきは、スポンジ皮のふっくら感としっとり感が素晴らしい。卵とハチミツの香り、それに甘めのつぶしあんがとてもいい。絶妙としか言いようのないバランス。
大納言小豆と思えるほどの粒の大きさ、柔らかな風味、ボリューム。
上野は水飴、阿佐ヶ谷はみりんを加えていて、それが特徴でもあるが、日本橋はあんこを炊くときに、そうした隠し味を加えていない。
その分、小豆本来の風味がストレートに伝わってくる。北海道十勝産小豆と砂糖だけ。塩も使っていない。しっとりとした、きれいな甘み。
上野や阿佐ヶ谷も高いレベルで、どの店も大きさは普通のどら焼きよりひと回りはデカい。直径9.3~10センチ、厚みは3~3.5センチほど(誤差はある)。
だが、日本橋はあんこの質とボリュームという点でも鼻差抜けていると思う。微妙な違いかもしれないが、この微妙な2~3ミリがこだわりでもある。
手に持った時の重みを一番感じる。
これをかつて江戸の中心だった場所でゆったりと味わう。
正確に言うと、「おすすめ煎茶セット」は喫茶室の前のスペースで食べなければならないが、いずれにせよどら焼き好きにとって、ここは意外な隠れ家だと思う。
恋人と密会するように、甘い妄想を膨らませながら、ここで至福の時を過ごすのも、そう悪くはない。